原町田2-1274(旧表示)に墜落した悲惨な事故です。
沖縄・米軍嘉手納飛行場から2機編隊で米海軍厚木基地に向う途中、1機が高度3千mで操縦不能に
なり、きりもみ状態で落下、原町田の商店街に急角度で突っ込み、民家・商店など7軒が全壊。
死者4名・重軽傷27名の人的被害をだしたが、同機のパイロット(単座で大尉1名)はパラシュート
でいち早く脱出(高度2千7百mで)、現場から東方約2kmの高ヶ坂に降り、直ちに厚木基地の病院に
収容された。指導要項に従った脱出と米軍は発表したが、同時に民家を避けてからの脱出という前提
は実行され無かった。
墜落現場にはすりばち状に直径10数mの大穴があき、周囲は吹き飛ばされた家屋の残骸で埋まった。
翌日6日の早朝から、東京地検・警視庁捜査一課の現場検証が始まり、復旧支援で陸上自衛隊第一師団
の約100人が投入されたが、機体のエンジンはついに発見されないまま、大穴はそのまま埋めもどされた。6日夜にすぐ近くの勝楽寺で死亡4名の合同慰霊祭が行われ、米軍からは厚木基地司令官、岩国の海兵隊基地司令官が参列した。勝楽寺自体が現場から150mで爆風を受けていたと思われる。
参考 朝日新聞1964年4月6日朝刊・夕刊
| ダウンロードは🎥こちら |
事故後に厚木基地への進入コースのイニシャルポイントの変更が検討されたが
東京西南部最大の市街地は相変わらず飛行コースの下。米軍・自衛隊の航空機が
連日、横田基地方面から厚木基地方向に低空で進入している。慣れている市民も
思わず上空を見上げている。特に横須賀に空母が入港すると、艦載機は厚木に
移動するようで、事故現場付近はジェットエンジンの轟音と空気振動にさらされる。
(日曜日は基地も休暇のようで静かなようです)
【関連する記事】
- 町田 国際版画美術館「横尾忠則 HANGA JUNGLE」展 横尾忠則の日記より..
- 吉祥寺 旅荘和歌水 安西水丸「東京美女散歩」より
- 福生 横田基地 モスラの鱗粉にまみれたい
- 町田 映画「まほろ駅前狂騒曲」のロケ地を歩いて
- 町田 高原書店と作家三浦しをん エッセイ集「妄想炸裂」より
- 町田 「文学散歩」創始者 野田宇太郎の墓
- 武蔵野市 ゾルゲ(ゾルゲ事件)の恋人・石井花子の終焉の地
- 町田 エイベックス 創業地と移転先
- 町田 「まほろ駅前番外地」(テレビシリーズ)・・・タイトルバックが(悲)
- 府中 遠藤周作の墓 瀬戸内寂聴「奇縁まんだら」より
- 西八王子 萌え寺 了法寺
- 八王子 熊沢書店 谷内六郎壁画


事故現場と同じ側の並びに至近距離でもある清水屋製パン店と陶器店野川が古くから営業を続けており、パン屋さんに管理人は話しをそれとなく伺った記憶があります。現場から100m以内の地点に現在は町田市立中央図書館が入居するビルがあり、地域資料として事故をまとめたリポートがあるはずです。管理人は新聞報道資料のみでの記述をおこないました。事故から1週間分ほど朝日新聞をチェックしましたが死傷者数の変化は見つけられませんでした。東京都立中央図書館1階で古い新聞資料を閲覧することが多いです。明治初期から、しかも開架状態なのですばやく自由に調べものができるすばらしい図書館です。場所はメトロ広尾駅が最寄駅で有栖川公園内です。都立の最大規模の図書館ですので機会があればお立ち寄りください。なほ、犠牲者の通夜がおこなわれた勝楽寺は道路建設のため山門・本堂などが東側よりにかなり移動しており当時のままの位置ではありません。
「タウンレポート 45年前の大惨事 米軍機墜落」http://www.townnews.co.jp/0304/2009/04/02/21162.htmlというネットでみられる報告にも「死亡4名、重傷9名、軽傷23名」と記載されてます。
トップページの履歴から現在旅行中であることがお判りいただけるものと思います。
米軍機墜落
50年前の大惨事
平和像建立を呼び掛け
掲載号:2013年9月19日号