2009年07月08日

羽田 穴守稲荷 落語「死神」六代目三遊亭圓生より

穴を守ると書いて、穴守稲荷。読んで字の通りでございまして、下半身に重きをおく商売にいそしむ艶っぽい女性方御用達のお稲荷さんであったようです。「江戸東京地名辞典」(講談社学術文庫)に、学術文庫ですよ、学術、そのアカデミックな辞典を紐解くと、ズバリ、核心をつく指摘がなされております。「明治になって汽車が横浜まで通じるようになってから栄えた稲荷で、その名にひかれて花柳界や水商売の人、女性の参詣人が多い所」。さらに、半端でない人出であったようで、「京浜急行羽田空港線は、かって穴守線といった。穴守稲荷の参詣人を当てこんで建設した支線である」、まあ全部が全部、穴の無事を願ったわけではないんでしょうが、鉄道を敷くほどの人出があったことは間違いないようで。
どんなお稲荷さんかというと、
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由緒正しい佇まいで、これといってかわったところは見当たりませんし、
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この写真だと、奥がせばまって、いい感じなんですが、さらに、奥の宮の写真も。
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奥の院・・・だと響きがいいんですが、こちらは寺ではないんで、奥の宮。
穴守稲荷の旧地は、敗戦により羽田飛行場が米軍に接収されるまでは、そこにあったんですが、米軍による拡張工事が始まったんで、昭和23年に現在地に追い出され、大きな鳥居だけは旧国際線駐車場内にポツンと残されて、タタリがあると怖がられたんだが、その鳥居も平成11年になって弁天橋南詰におん出されてしまって・・・念を押すようですが、もうひとつ、六代目三遊亭圓生(えんしょう)の落語「死神」にも、そのことが・・・。
<<昔からよく流行(はやり)すたりという事を申します。流行(はや)る時代というとおかしなもので、あとで考えてどうもおかしなものが流行ったもんだなんと思ってね、馬鹿馬鹿しいようなものでもその時代にはそれでなくちゃァならないんで・・・。まァ、洋服なぞでも衿巾が広くなったとかせまくなったとか、ズボンが細くなったり広くなったり、いろいろでどざいます。そう太くなるッたってあなた、自分で穿(は)ききれない程そんなに太くはなりませんし、足より細いズボンなんてえものはないんですから・・・これァもう程度が決まっております。
また商売で流行すたりがある。人間ばかりではどざいませんで、神様ですら流行すたりがございます。どうもあんまりぱッとしない神様なんてえのもありまして・・・。
ひところ、穴守稲荷・・羽田にございます、これがたいへんに花柳界に人気があるというのでお参りをする方が多かったんですね、穴守稲荷という・・・。まずこれは名前のせいで繁昌したのかどうか、それァわかりませんけれども・・・。>>
以上、「新版圓生古典落語」集英社文庫より抜粋。
圓生も「それァわかりませんけれども」と結んでいるように、お稲荷さん側にとっても、いいのか、はた迷惑なのか、誤解されるといけないってんで、ちゃんと「穴」の由来を告示している。
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あの「穴」とは無関係を強調しすぎたせいか、境内には女一人おらず、メス猫一匹歩いていない、いるのはおキツネ様ばかり。

三遊亭圓生リンク
大阪北浜 淀屋橋 落語「雁風呂」六代目三遊亭圓生よりhttp://zassha.seesaa.net/article/447903942.html
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posted by y.s at 15:16| 東京東南部tokyo-southeast | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする