鎌倉ペンクラブのメンバーが協力できて、作家らにふさわしい事業ということで、各々の蔵書を持ち出して、それを貸し出す貸本屋を開業することに決定した。貸本店の場所は、川端康成夫人の知人の紹介で八幡通り(=若宮大路)にあった鈴木玩具店を借りることができ、昭和20年5月1日に「貸本屋鎌倉文庫」が開店する。北鎌倉駅近くに在住の高見順は、大量の本を乳母車に乗せ、夫人とともに八幡宮前まで運搬したエピソードが残されている。
昭和20年4月28日の朝日新聞2面の「青鉛筆」欄に鎌倉文庫の記事が載ったことで、予想以上の反響を得て、開業後は本不足に陥ってしまう。人気は小説で、とくに大佛次郎・吉川英治の作品が多く借り出されていた。開店後1ヶ月(5月分)の売り上げは好成績で、川端康成が各人の供出本の稼動成績が判る一覧表を苦労して作成したため納得のいく配当金分配が可能になったと伝えられている。
5月の配当金上位は、1位は久米正雄、2位大佛次郎、3位高見順、4位林房雄の順であった。
8月15日無条件降伏の敗戦をむかえた直後の8月29日に大同製紙から出版事業の計画が持ち込まれ、8月30日には貸本屋鎌倉文庫の東京貸本部創設の依頼があった。それぞれ株式会社鎌倉文庫(出版)、日本橋白木屋2階(元・東急百貨店、現・コレド日本橋)の貸本屋へと結実してゆく。その後、作家たちは徐々にその繁雑さから直接経営から身をひいてゆき、解散を迎えることとなる。
「日本の名随筆50 本屋」より「貸本屋鎌倉文庫始末記」を主に参考
| |
| | |
【関連する記事】
- 鎌倉 滑川 田村隆一「ぼくの鎌倉八景 夜の江ノ電」より
- 鎌倉 近代美術館付属カフェ<ラ・ミュゼ> 「荒木陽子全愛情集」より
- 鎌倉 建長寺裏山 勝上ケ岳 三島由紀夫「海と夕焼」より
- 鎌倉 妙本寺の海棠(かいどう) 小林秀雄「中原中也の思ひ出」より
- 鎌倉 旅館 対僊閣 つげ義春「貧困旅行記」より
- 北鎌倉 建長寺塔頭宝珠院 葛西善蔵「歳晩」より
- 北鎌倉 小津安二郎 山ノ内の新居(終焉の地) 「日記」から
- 鎌倉 鶴岡八幡宮 源実朝暗殺 「愚管抄」慈円より
- 鎌倉 釈迦堂ヶ谷 「澁澤龍彦との日々」から
- 鎌倉 西口広場 ウォーナー記念碑
- 鎌倉 作家大佛次郎旧邸と別邸(大佛茶廊)
- 鎌倉 生御菓子処 美鈴
- 鎌倉 桜田門外ノ変 広木松之介の顕彰墓碑
- 鎌倉 映画館 テアトル鎌倉跡
- 鎌倉 漫画家横山隆一旧居跡 「鎌倉通信」より
- 北鎌倉 横須賀線北鎌倉駅ホーム改札のこと 高見順日記より
- 鎌倉坂ノ下 萩原朔太郎 海月楼跡
- 鎌倉山ノ内 澁澤龍彥終焉の地
- 鎌倉 和菓子 力餅家
- 鎌倉 芥川龍之介の野間洗濯店下宿跡(和田塚)

