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近衛師団司令部庁舎略史
昭和20年(1945) 8月10日 未明 ポツダム宣言受諾決定し受諾終戦を天皇自ら国民に
ラジオ放送することを決定。
8月14日 御前会議にてポツダム宣言受諾の聖断、連合国に回答。
徹底抗戦派の陸軍省軍務局軍務課内政班畑中少佐らが近衛軍決起
・天皇直訴を決行し終戦の詔勅録音の玉音盤奪取未遂事件に。
8月15日 未明 近衛師団司令部にて森赳(中将)近衛師団長へ決起を促すが、
天皇の聖断に従う決意の師団長は拒絶。畑中少佐は森近衛師団長を
射殺。偽の師団長命令を発し宮城を武力封鎖。さらに玉音盤奪取を謀るが
田中静壱大将指揮の東部軍などの賛同を得られないまま失敗。
払暁、阿南陸軍大臣自刃。早朝、東部軍宮城を鎮撫。
11時 中心メンバー畑中少佐・椎崎中佐が二重橋前で自決。
12時 古賀近衛師団参謀 近衛師団長室で自決。
(8・15事件・宮城事件)
正午 終戦詔勅放送
帝国陸海軍解体・近衛師団消滅。
近衛師団司令部は皇宮警察が使用。
昭和38年(1963) 5月 建設省 北の丸地区森林公園化に伴い近衛師団司令部庁舎取り壊し決定
文化庁は重要文化財に指定のうえ修理保存と決定。各省庁調整し保存の
方向で計画変更。
以後、工事開始まで廃墟のように放置(不確かですが草ぼうぼうで立ち入り
禁止になっていたテレビ映像を見た記憶あり)
昭和40年(1965) 「宮城事件」を半藤一利(発表時は「大宅壮一」名で出版)がタイトル「日本の
いちばん長い日」で小説化。
昭和42年(1967)8月3日 映画「日本のいちばん長い日」公開 ドキュメンタリータッチのモノクロ作品
として映画化。監督は岡本喜八、陸軍省軍事課員畑中少佐役を黒沢年雄が
熱演、森赳近衛師団長役は島田正吾。8月15日正午の玉音放送までの24時
間を無駄を切り落とした緊迫の157分で描写、傑作です。
東宝からDVDでてます。
昭和46年〜昭和52年(1977) 保存修理工事(6年間) 東京国立近代美術館工芸館として使用に。
(昭和47年10月2日 国の重要文化財に指定)
屋根は桟瓦葺からスレート葺きに、内装も変更。1階中央階段部分と
ホール部分は、以前の状態を残している。
国指定文化財・データベース http://www.bunka.go.jp/bsys/index.asp
旧近衛師団司令部庁舎 重要文化財 所有者名 独立行政法人国立博物館
構造形式 煉瓦造 建築面積929.3平方m 二階建 スレート葺 中央八角塔屋付
(玄関広間以外の内装を除く)
設計 陸軍技師・田村鎮
時代区分 明治 年代 明治43
指定年月日 1972.10.02(昭和47.10.02)
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もちろん菊の紋章でした
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