<<現在、私の家の住所は正しくいうと、鎌倉市山ノ内字管領屋敷三一一番である。管領屋敷という名が示すごとく、このあたりはもと関東管領山ノ内上杉家の邸だったところで、初代の上杉民部大輔憲顕以来、山ノ内上杉家は代々ここに居宅していたという。明月院のすぐ近くで、アジサイの咲くころは観光客が押しかけてきて大いに閉口するが、さすがに鎌倉・室町の高級武士の住んでいたところらしく、普段はまことに閑静ないいところである。(略)>>
「古寺巡礼 東国3 建長寺」淡交社1981年刊より抜粋。
(写真)明月院に至る道。澁澤龍彥邸は左に入り、細い径を昇り詰めた行止まりにある。
また、「初音がつづる鎌倉の四季」と題したエッセイで、自邸を取巻く自然にも視線をおくっている。
<<北鎌倉の円覚寺につづく山の中腹に住んでいるので、四季を分かず、鳥の声や虫の声を耳にする。若いうちは、そんなものに注意をはらう余裕とてなかったが、だんだん齢をかさねてくるとともに、しみじみした思いで耳をかたむけることが多くなった。私は手帳に、ウグイスやトラツグミやホトトギスや、あるいはヒグラシやミンミンゼミの声を初めて聞いた日を、忘れずに書きとめておくことにしている。しかしこれもいいかげんで、ついメモするのを忘れてしまうことも多いから、手帳を見ても当てにならない。第一、私はバードウォッチングなどにはまるで緑のない人間で、鳥の声を聞いても、何の鳥かさっばり分らないのが大部分だから、メモするといっても、たまたま自分の知っている鳴き声に気がついたときだけのことである。要するに気まぐれなメモなのだ。(略)>>
<<書斎のガラス戸をあけると、正面になだらかな稜線を描いてつらなる、東慶寺や浄智寺の裏山が見える。季節の移りかわりがはっきりと感じられるのは、この山の色がたえず変化しているのを目にするときだ。いまは樹々の緑のあいだに、薄紅色をした桜の蕾(つぼみ)のふくらんでいるのが分る。もう数日もすれば咲き出すにちがいない。雪が降れば降ったで、桜が咲けば咲いたで、また新緑が陽に映えれぼ映えたで、山の色にはそれぞれに味わい深いものがある。私はそれを毎日、書斎から眺めて暮らしている。私の住んでいる土地はかつて北条氏の邸のあったところだが、ここから見えるあの山のかたち、あの山の色は、おそらく鎌倉時代から少しも変っていないのではないかと思うと、なんとなく愉快になる。>>
「初音がつづる鎌倉の四季」日経新聞1986年4月17日初出。
(写真)「北鎌倉の円覚寺につづく山の中腹」に建てられた薄緑色の澁澤邸(上下写真とも澁澤邸)。
澁澤龍彥は、鎌倉の実家から出版社(新潮社「藝術新潮」編集部)に通勤していた前川龍子さんと、原稿の受け渡しを通して、1967年に初めて対面する。1969年春ぐらいから親密度が増し、1969年11月24日結婚する(澁澤は再婚)。式・披露宴もなく、両家が鎌倉長谷の華正樓に集まり食事をしただけであったという。澁澤龍彥41歳、龍子さん29歳であった。
<<澁澤龍彥との結婚生活は十八年、彼が逝ってからすでに二十年あまり。今、彼がすり減っても替えずにいた椅子に坐り、生前そのままに、削りかすの入った鉛筆削りやボロボロになるまで使い込んだフランス語の辞典などが置かれた机に向かい、書斎に佇(たたず)む四谷シモンの人形や応接間に置かれたオブジェのあれこれを見渡すと、木の実や貝殻や石を夢中になって拾っていた姿を懐かしく思い出します。澁澤は、海岸に行くと貝や流木や石などを必ず拾って帰りました。拾わずにはいられず、たまに手ぶらで帰るときはがっかりしていました。この家には金目のもの、価値のあるものはありません。いわゆるコレクターではなく、たとえば大きなダイヤモンドと比べて貝殻の方が綺麗、形が面白いと思えば迷わず貝殻の方を取る、という人でした。どこへ行っても古本屋さんには必ず入りましたが、骨董屋さんを覗くことはなく石屋さんや雑貨屋さんに立ち寄って、たとえば、かぼちゃの水筒やブリキのブローチを面白いと思って買う、そういう感じです。(略)>>
澁澤龍子「ドラコニア・ワールドに遊ぶ少年」より。2010年集英社刊。
(写真)澁澤龍彥は、下咽頭腫瘍の治療のため入院中の東京慈恵医科大学病院で頸動脈瘤破裂により、1987年8月5日午後3時30分過ぎに逝去。北鎌倉の東慶寺にて葬儀。山ノ内の自宅が山門から望められる臨済宗浄智寺に葬られた。
(写真)浄智寺裏山の墓域奥深い高所に澁澤龍彥は眠っている。墓からは山ノ内の家は見えない。
(写真)墓碑に刻まれた文字は、澁澤龍彥 文光院彩雲道龍居士、昭和六十ニ年八月五日、行年59才、
そして一文字下げた隣りに、妻龍子(朱は入っていない)。撮影2011年1月。
*龍彥の「彥」は、彦ではない。
参考 「澁澤龍彥との日々」澁澤龍子2005年白水社刊
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