就任する。田端から通勤するにはあまりに遠く、鎌倉町和田塚の海浜ホテル隣の野間洗濯店の離れに下宿する。芥川は移転後すぐに地図入りの葉書を送付しているが、住所が明確になっていない。
海浜ホテルは、明治19年に海岸沿いの広大な敷地に建てられた海浜院というサナトリウムを前身とするが、数年と経たぬうちに経営悪化の為、ホテル業に営業転換する。
明治・大正にかけて食堂・広間などの設備を拡大し、政財界や文化人の社交場となってゆく。
太平洋戦争終結後、進駐軍に接収されるが、昭和20年12月に火災で焼失。以後、荒廃し荒地と化していたが、近年になり海浜公園として整備され、スポーツ関連等の施設が建設されている。
芥川が葉書に描いた地図には海浜ホテルの東隣に野間洗濯店を記しているが、大正5年当時のホテルとの境界が明確でない。戦後(昭和20〜30年代)の住宅地図で海浜ホテル付近の「野間」姓を探すと、下図に記入した位置に唯一見出せた。
海岸通り沿いで唯一<野間>表示がある1176番地 昭和初期には斜め向いに辻米屋が存在
芥川が鎌倉に居住した前後の略年譜
1916年(大正5年)
7月 東京帝国大学英文学科卒業。
不況で就職口がなく、大学院に一時籍置く(後に除籍)。
8月中旬〜9月上旬 久米正雄と千葉県一宮町のホテル一宮館に滞在。
9月「芋粥」発表(新小説)。文壇デビュー。
10月「手巾(はんけち)」発表(中央公論10月号)。
11月7日付の海軍機関学校任官用毛筆履歴書が残る(防衛庁戦史室)。
11月13日付の菅宛の書簡。下宿探しを鎌倉在住の恩師菅虎雄に依頼。
<<今度私は海軍機関学校の先生になりましたついては鎌倉に住んで横須賀へ通ふやうにしたいと思ひます誠 に御面倒を願って恐縮ですが御近所に賄つきのよい間貸しは御座いますまいか位置は山に近い方よりも海に 近い方が望みですさうして坂の下まで行かない所にしたいと思ひます(略)>>
「芥川龍之介全集第10巻」より
鎌倉町和田塚の海浜ホテル隣の野間洗濯店の離れに下宿する。
12月1日 一高の恩師畔柳(くろやなぎ)教授の推薦紹介で横須賀海軍機関学校の
教授嘱託(英語教官)に就任。土日曜は、ほとんど田端に帰る。
12月2日付 本郷区五丁目在の松岡譲への絵葉書に<鎌倉海岸通野間榮三郎方 芥川生>と記す。
12月5日消印 本郷区(新思潮社内)の松岡譲宛、野間家への案内手書き地図入りの葉書。
<(略)僕の所は和田塚の電車停車場からすぐだ 和田塚までは電車の線路を歩いてくれば来られるか
らその先を図にする(線路は通行禁止の札立ってるが歩いて差支へない)>
12月9日 朝、電報「センセイキトク」受ける。勤務のため出立できず。
午後6時すぎに夏目漱石死去。
12月11日昼、芥川、夏目家に到着。夏目漱石葬儀会場(青山斎場)の受付役に。
12月13日 鎌倉に戻る。
12月 塚本文の女学校卒業を待つ条件で婚約(12月付の縁談契約書が残る)。
文(ふみ)は明治33年8月4日生まれ。海軍士官塚本善五郎の長女。鶴見高等女学校卒業。
昭和43年9月11日に調布市で没。
(芥川文の著作「追想 芥川龍之介」中公文庫1981年刊に、芥川が自らの墓の型を
注文したエピソードが紹介されている)
1917年(大正6年)
1月9日 新年を過ごした田端の家から鎌倉の下宿に戻る。
1月 「運}発表。
4月11日〜15日 養父・道章と京都・奈良に旅行。
5月23日 第一短編集「羅生門」刊行。
6月20日〜24日 軍艦金剛で航海見学(甲板前部での記念写真残る)。
7月初旬 佐藤春夫らと谷崎潤一郎宅を訪問。
7月24日 夏季休暇で田端に戻る。
大阪毎日新聞社と社友契約(大正8年4月からは社員に)。
8月1日 「産屋」発表。
9月1日 「或る日の大石内蔵助」、「二つの手紙」発表。
9月14日 横須賀市汐入580番地の尾鷲梅吉方に転居。2階8畳間を借りる。
現在の汐入町1-1 (9月19日に下宿の様子を塚本文に手紙で知らせる)
11月10日 第二短編集「煙草と悪魔」(新潮社)刊行。
12月9日 漱石一周忌出席。
12月20日 冬季休暇で田端に帰る。
参考
「年表作家読本芥川龍之介」1992年 河出書房新社
「新潮日本文学アルバム13芥川龍之介」1983年 新潮社
「芥川龍之介全集第10巻」1978年 岩波書店
湘南・鵠沼 旅館東屋での狂気の交差 宇野浩二と芥川龍之介 http://zassha.seesaa.net/article/386256370.html
京都 芥川龍之介と宇野浩二の女買いの顛末記 http://zassha.seesaa.net/article/394984566.html
鎌倉 芥川龍之介の野間洗濯店下宿跡(和田塚) http://zassha.seesaa.net/article/22009376.html?1475175742
横須賀 横須賀線と芥川龍之介「蜜柑(みかん)」 http://zassha.seesaa.net/article/442379617.html
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