刊行後に舞台となった場所を訪れてみても、なんだフィクションだったのかという状態です。
実際に明確にふたつの銀行が記入されていない地図を渡されたら、「あれっ、どっちの角だよ?」と迷われてしまいます。小伝馬町交差点から見ると三菱東京UFJ銀行の目立つ縦長の赤い看板が視界にふたつ重なるようにあったのですから。
東野圭吾「新参者」<第5章洋菓子屋の店員>より(ハードカバー本180頁より抜粋)
<加賀は上着の内ポケットから一枚のコピーを出してきた。簡単な地図が描かれている。小伝馬町の交差点近辺だとわかった。
「何ですか、これは」 「藤原さんはあなたたちを目撃した後、青山亜美さんが働いている店の場所を三井さんに教えたわけですが、その時にこういったそうです。小伝馬町の交差点から人形町に向かって歩いていくと、左角に三協銀行のある交差点に出る。そこを左に曲がったら、銀行のすぐ隣に喫茶店がある。弘毅さんの彼女は、その店で働いているらしい。この説明を聞いて、どう思いますか」・・・略・・・「たしかに間違ってはいません。その時点では」「どういう意味ですか」
「藤原さんがあなた方を目撃したのは三月の初めです。その二週間後、三井さんは初めて小伝馬町を訪れています。そして藤原さんにいわれた通り、人形町に向かって歩きました。ところがここで大きな間違いをしてしまうんです。藤原さんのいった三協銀行があるのは堀留町の交差点なんですが、そのふたつ手前にある大伝馬町の交差点にも、同じ名前の銀行があったからです。三協大都銀行ー御存知の通り、三協銀行と大都銀行が合併したものです。この合併が行われたのは、藤原さんがあなた方を目撃した直後でした。わかりますね。その時点では、大伝馬町の交差点にあったのは、大都銀行だったのです。ところが合併があったために、三井さんが行った時には三協大都銀行に変わっていました。これでは間違えても仕方がありません。三井さんは、その角で曲がってしまったんです」・・・略・・・「まさか」「その、まさかなんです」加賀はいった。「大伝馬町の銀行の隣にも、そういう店があるんです。厳密にいえば喫茶店ではなくケーキ屋さんですがね。・・・>
銀行名は仮名が使われてますが実際に存在してました。堀留町にある「三協銀行」は旧UFJ銀行、大伝馬町の交差点にある「大都銀行」は旧東京三菱銀行のこと。角をまがったところの喫茶店・ケーキ屋はトリックのための創造物で実際のモデルとなる店はどちらにも無くオフィスビルが連なっているだけです。
2006年(平成18年)1月 「東京三菱銀行」と「UFJ銀行」が合併し「三菱東京UFJ銀行」となる。
ー以後、この小伝馬町の人形町通りには約3年間すぐ近く(100m)に同名の銀行が並立することになる。
しかも同じ道路側で角地も同じ。東野圭吾氏もこの時期に人形町方向に歩かれた時、この合併による不合理をトリックの材料にピックアップしたと思います。
2009年(平成21年)9月7日 堀留支店は大伝馬町支店内に移転。堀留支店のビル看板取り外し。
今度はひとつのビル内に同名の銀行が2店舗ある状態に。これもトリックに使えるかな?
2009年(平成21年)9月18日 銀行支店移転11日後に講談社より小説「新参者」第1刷発刊。
小説「新参者」の主な舞台は、上記の小伝馬町駅周辺から水天宮までの日本橋人形町一帯です。刑事加賀恭一郎の活躍するスポットがかなり具体的に描写されていますので、人気の街であるため「あの辺だな」と思い浮かぶ方も多いと思います。事件現場や張り込み・聞き込み場所など、小説のシーンと思われる場所を一部分ですが以下に並べてみます。ほぼ人形町通り沿いか甘酒横丁なので設定もかなり受けねらいです。
14軒くらい先の日清紡本社ビルの向かいでずばり「ほおづき屋」の旗をだして営業。
独楽の写真は同じ甘酒横丁の雑貨店のもの。
「独楽の紐は殺人に使用しちゃいけませんよねぇ」刑事加賀(282頁)
(ドトール1階には道路側に席はない)
「創業大正8年の文字が目立っている・・キッサコって書いてあるのに気づきました?」(237頁)
本当にプラスティックのケース入りです。
右写真=店の横の路地で「見習いさんが手桶で打ち水していそうな風情のある料理屋」
「いつも子犬の頭をなでて・・・」(142頁) 子宝祈願でなでられて親子とも頭がピカピカです。
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