2012年08月10日

三ノ輪 浄閑寺門前 写真家・荒木経惟(のぶよし)の実家跡

三ノ輪の浄閑寺門前、父親は下駄職人荒木長太郎、母親はきん、7人兄弟の5番目として1940年(昭和15)5月25日にこの地でアラーキーは出生。
経惟(のぶよし)と命名したのは道路を渡った東側の浄閑寺の住職。旧番地で14番(角)か15番(やや入った所)の表示位置に、黒い鼻緒の大きな下駄を看板代わり貼り付けた2階建ての木造銅板ぶきの履き物屋があった。そこが生家の「にんべんや履物店」。

「にんべんや」の店前の道路中央でカメラを首から提げた帽子にサングラス姿のアラーキーが突っ立ているポートレイトが写真集に収められている。
早速、おなじ位置にでかけて近所のおばちゃんに頼んで空間合体写真。アラーキーの足元には当時マンホールは無かった・・・位置決めが難しい。
もちろん「にんべんや」は解体されていて現状は駐車場。
デジカメ構えるおばちゃんの後ろには浄閑寺の山門が見える。永井荷風がのっそりと現れそう。アラーキー氏の写真集には、荷風の「墨東綺譚」にアイデアを得た「墨東エロス」(1994年 モデル水島裕子)がある。

1977年8月に「にんべんや」は空き家に。
1978年、37年間暮らした三ノ輪の地を去り、狛江に転居。
  荒木経惟オフィシャルサイト http://www.arakinobuyoshi.com/main.html

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この地図の浄閑寺のすぐ近くに昔、知り合いの女が住んでた。いまでも表札は昔のままの苗字。S・Tさん。・・・アラーキー・荷風・数万人の遊女の死・・・濃密な空間です。
 
豪徳寺 写真家荒木経惟(アラーキー)居住MS  http://zassha.seesaa.net/article/284210221.html
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posted by t.z at 01:30| Comment(0) | 東京東南部tokyo-southeast | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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