2012年09月29日

大阪守口 天井裏への誘い 江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」より

江戸川乱歩は、大正13年9月、大阪府北河内郡守口町外島694番(現・守口市八島町1、地下鉄守口駅前、京阪国道沿い北側)の実父の家へ一家で移転する。現在は暗渠となっているが、家の前には小川が流れ、夏には子供らが水遊びに興じていた。乱歩はこの家から、大正11年3月に大阪堂島に完成した毎日新聞大阪本社に通勤(大正12年7月営業部入社)していたが、大正13年11月末で、作家活動に専念するため退社する。そして父の家の二階床の間の天井板への興味が、乱歩初期の傑作「屋根裏の散歩者」を生みだすきっかけとなった。

「楽屋噺」昭和4年世界探偵小説全集の乱歩集跋文より抜粋。
<<当時まで、私は天井裏というものを一度も見たことがなかったので、大阪の自分の家の天井を叩き廻って、釘づけになっていない所を探すと、好都合にも、床の間の天井が多分電燈工夫の出入場所であろう、押して見ると、グワグワしている。その癖に妙に重い感じなので、多少気味悪々なおも押すと、ゴトンと音がして、板の上に重しの石がのせてあることが分った。その時の気持をいくらか誇張して、そっくり小説の中に使ってある。それから、板をはずして、首丈けを真暗な天井裏に差入れて、見廻すと、なんと仲々捨て難い眺めなのだ。私はその屋根裏の景色を、半時間も楽しんだものであるが、それがあの小説の長々しい叙景になっている訳です。>>
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(写真)守口町外島694番の実父の木造二階建て家跡。奥にみえるのが京阪国道。
乱歩が天井裏へ首を入れて屋根裏を眺めた推定位置に赤丸で印。手前の隣家が当時は空家で、
乱歩は二階を執筆部屋に使用していた。右側に小川が流れていたが暗渠に。
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江戸川乱歩「貼雑年譜」1989年刊より守口町外島(そとじま)の家見取り図。
見過ごしそうだが、天井裏を覗いた位置が印されている。赤丸印で写真と対応できる形にした。
<<この家と隣の空家とに住んでいたので「心理試験」「屋根裏の散歩者」をはじめ初期の短編小説は大部分この家又は隣家の空家の二階で執筆した。>>「貼雑年譜」より

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(写真)乱歩家の斜め前の小川が流れていた位置に表示板が設置されている。

「屋根裏の散歩者」大正14年8月新青年増刊号初出、新潮文庫版から抜萃。
<<東栄館の建物は、下宿屋などにはよくある、中央に庭を囲んで、そのまわりに、桝型(ますがた)に、部屋が並んでいる様な作り方でしたから、したがって屋根裏もずっとその形につづいていて、行き止まりというものがありません。彼の部屋の天井裏から出発して、グルッとひと廻りしますと、また元の彼の部屋の上まで帰ってくるようになっています。下の部屋々々には、さも厳重に壁の仕切りができていて、その出入口には締まりをする為の金具まで取りつけてあるのに、一度天井裏に上ってみますと、これはまたなんという開放的な有様でしょう。誰の部屋の上を歩き廻ろうと、自由自在なのです。もしその気があれば、三郎の部屋のと同じような、石ころの重しのしてある箇所が方々にあるのですから、そこから他人の部屋へ忍びこんで、盗みを働くこともできます。廊下を通って、それをするのは、今もいうように、桝型の建物の各方面に人眼があるばかりでなく、いつなん時ほかの下宿人や女中などが通り合わさないとも限りませんから、非常に危険ですけれど、天井裏の通路からでは、絶対にその危険がありません。
 それから又、ここでは、他人の秘密を隙見(すきみ)することも、勝手次第なのです。新築とはいっても、下宿屋の安普請のことですから、天井には到る所に隙間があります。――部屋の中にいては気がつきませんけれど、暗い屋根裏から見ますと、その隙間が意外に多いのに一驚を喫します――稀には、節穴さえもあるのです。
 この、屋根裏という屈指の舞台を発見しますと、郷田三郎の頭には、いつの間にか忘れてしまっていた、あの犯罪嗜好癖がまたムラムラと湧き上ってくるのでした。この舞台でならば、あの当時試みたそれよりも、もっともっと刺戟の強い、「犯罪のまね事」ができるに違いない。そう思うと、彼はもう嬉しくてたまらないのです。どうしてまあ、こんな手近な所に、こんな面白い興味があるのを、今まで気づかないでいたのでしょう。魔物のように暗闇の世界を歩き廻って、二十人に近い東栄館の二階じゅうの下宿人の秘密を、次から次へと隙見して行く、そのことだけでも、三郎はもう十分愉快なのです。(略)
 こうして、数日、彼は有頂天になって、「屋根裏の散歩」をつづけました。そのあいだには、予期にたがわず、いろいろと彼を喜ばせるような出来事があって、それをしるすだけでも、充分一篇の小説ができ上がるほどですが、この物語の本題には直接関係のない事柄ですから、残念ながら、端折(はしょ)って、ごく簡単に二、三の例をお話しするにとどめましょう。(略)>>

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(写真)大阪堂島の毎日新聞大阪本社跡(現在は堂島アバンザ)に置かれた説明板から毎日新聞ビル。
アバンザの広場に重厚な毎日新聞1階玄関部分がモニュメントとして残されている。
乱歩(本名平井太郎)は、大正12年7月から営業部員として勤務していた。

江戸川乱歩リンク
谷中 煉瓦塀の荒屋(あばらや) 江戸川乱歩「妖虫」からhttp://zassha.seesaa.net/article/381026359.html
麻布竜土町 明智探偵事務所をさがしてhttp://zassha.seesaa.net/article/381667672.html
名古屋・栄 白川尋常小学校跡 江戸川乱歩 「私の履歴書」よりhttp://zassha.seesaa.net/article/443495724.html
上野 上野動物園 江戸川乱歩「目羅博士」より http://zassha.seesaa.net/article/447350572.html
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posted by t.z at 15:12| Comment(0) | 大阪osaka | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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