2013年02月22日

広尾 小林多喜二 最後の隠れ家(地下活動)

作家・小林多喜二が、1933年(昭和8年)2月20日に赤坂・福吉町でスパイ三船留吉(共産青年同盟)の手引きで特高に検挙されるまでの約1ヶ月間、隠れ家としていた下宿跡です。場所は、渋谷区羽沢町44番地で国井喜三郎方。同年1月20日に、それまでの隠れ家(麻布区桜田町=現在のテレ朝通りの両側周辺)が特高に踏み込まれ捜索を受けた際に移ってきた最後の住まいとなった隠れ家跡です。
桜田町の家には前年の4月に結婚した伊藤ふじ子とその母親とで同居しており、捜索を受ける10日ほど前にふじ子は勤務先で検挙されていたのです。
hiroo takiji01.jpg hiroo takiji02.jpg
(左写真)表通り側から路地奥を撮影 右写真は路地奥からの逆向きで 赤坂・福吉町での昼の連絡の当日は多喜二は隠れ家前のこの路地を歩んだことと思われます(推定)
           hiroo takiji03.jpg
尚、戦時中の空襲被害は路地に入る通りを境界として北側は焼失・・羽沢町の南側(旧・羽沢ガーデンも含む)は類焼も無かったようです 国井方の建物がいつまであったかは不明
 *参考資料
 「新潮日本文学アルバム 小林多喜二」1985年刊
 「小林多喜二」2008年刊(補訂初版・筑摩書房)(評伝)
  その他
posted by y.s at 23:28| Comment(0) | 西麻布・広尾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。