2013年02月24日

湯河原 牧野伯爵宿舎・伊藤屋旅館別舘光風荘(2・26事件)

昭和11年2月26日(水曜)の早暁、決起趣意書を携えた陸軍の青年将校の指揮する千四百数十名の将兵らは、国体破壊の元凶たる元老・重臣・財閥・軍閥・政党・官僚らを「尊皇討奸」の合言葉のもと一斉襲撃、大義を正し国体を擁護せんとして、雪に覆われた帝都中枢部を占拠した。
湯河原の山奥の温泉郷に宿して静養していた牧野伸顕伯爵(前内大臣)を襲撃した河野寿大尉指揮下の部隊7名の行動を憲兵司令部の訊問調書から抜萃する。
まずは事件に先立って、湯河原温泉郷に潜入偵察活動に従事した渋川善助に対する陸軍衛戍刑務所内(現・渋谷区役所敷地を含む一帯)弁護人接見所における訊問から(昭和11年3月6日)。
問 二月二十三日湯ケ原二旅行シタルヤ
答 二月二十三日午後五時半頃ノ汽車テ妻(キヌ)ト共ニ東京駅発湯ケ原へ行キマシタ湯ケ原テハ前カラ牧野  伯カ滞在シテ居ルト云フ話ヲ聞イテ居マシタ駅ヲ降ルト伊東(藤)屋ト云フ宿屋ノ客引カ来マシタカラソ  レト一緒ニ伊東(藤)屋ニ行ツテ泊ルコトニシマシタ
問 二十四日カラ帰京迄ノ行動如何
答 二十四日ハ朝食後妻卜共ニ伊東(藤)屋ヲ出テ一時間余り附近ヲ散歩シマシタ外ハ特ニ申立ツルコトハア  リマセン 二十五日ハ昼食前自分一人テ約三十分程外出シテ菓子、絵葉書等若干買ツテ帰リマシタソレカ  ラ夕食ヲ済マシテ終列車テ夜半道場ニ帰ツテ就寝シマシタ
問 湯ケ原へ旅行シタ目的ハ何力
答 主トシテ保養ノ目的テアリマスカ牧野(牧野伯爵)カ湯ケ原ニ居ルト云フコトヲ聞イテヰマシタノテソレ  ヲ確メル考へナトモアリマシタ
問 牧野ノ居所ヲ如何ニシテ確メタルヤ
答 伊東(藤)屋へ着イテカラ家人二偉イ人力泊ツテ居ルソウタカト尋ネタラ牧野サント徳大寺(実厚)サン  トカ泊ツテ居ルト言ヒマシタノテ牧野ノ居ルコトハ確実ニ解リマシタカ別ニ其ノ行動ヲツケネラツタリ探  ツタリスル様ナコトハ出来マセンテンタ
問 湯ケ原へ写真機ヲ携行シタルヤ
答 妻力写真機ヲ持ツテ行ク様ナ話ヲシテ居リマシタカ アチラへ着イテカラ一回モ使用シタコトカアリマセ  ンノテ持ツテ行ツタノカトウカ確実テハアリマセン
以上、叛乱被告人渋川善助第二回訊問調書より一部分抜萃。

渋川善助は、元陸軍士官学校39期生で退学処分を受けた経歴があり、蹶起に際しては常人(一般民間人)として伊藤屋旅館本館に夫妻で宿泊、偵察情報収集を担った。
指揮者河野大尉の尋問から「湯河原ノ偵察」に関する部分を抜萃。
<<渋川善助ハ二月二十三日村中カラ当時決定シテ居リマシタ襲撃計画ノ大要ヲ聞キ且ツ神奈川県湯河原町ニ滞在中テアル牧野前内大臣ノ所在探知方ノ依頼ヲ受ケマシテ之ヲ承諾シ妻ヲ同伴湯治客ヲ装ヒ同町ニ赴キマシテ牧野伯カ伊藤旅館別館ニ滞在中テアルコトヲ確メ二月二十五日偵察ノ為メ来マシタ河野大尉ト連絡シ又河野大尉ハ渋川カラ牧野前内大臣ノ所在ヲ聞キ該別館附近ノ地理及襲撃警戒等ノ要領ヲ研究シテ一旦帰京シタノテアリマス 二月二十五日午後十時頃(歩兵第一聯隊栗原中隊に)牧野伯襲撃担任ノ常人七名力到着シタ為メ其内四名ニ軍服ヲ着セ全員ヲ河野大尉ニ紹介シテ牧野伸顕襲撃部隊ヲ編成シ之ニ兵器弾薬ヲ交付シテ予テ雇ヒ入レテアツタ自動車テ二十六日午前零時三十分頃湯河原二出発サセタノテアリマス >>
yugawara itoyab01.jpg yugawara itoyab02.jpg
(左写真)正面右側坂上が伊藤屋旅館別舘光風荘。 (右写真)同位置から振り返ると伊藤屋旅館本館が見える。下の道路に車両2台を停めて、襲撃部隊は光風荘前に展開した。

牧野前内大臣襲撃指揮者河野大尉への憲兵隊尋問調書から。
<<(二月二十六日)襲撃者(河野大尉ノ指揮スル現役下士官二名、在郷軍人四、常人一及軽機関銃二銃)自動車二台ニ分乗シ午前零時四十分歩一ヲ出発致シマシタ河野大尉ノ指揮スル牧野襲撃部隊ハ一路湯河原ニ向ツタノテアリマスカ途中河野ハ一同ニ対シ伊藤旅館別館ノ要図ヲ示シテ襲撃上ノ注意ヲ与へ且ツ運転手二名ニ対シテモ計画ヲ打チ明ケ拳銃ヲ突キ付ケ威赫シテ運転ヲ強制シ午前五時頃湯河原二到着シタノテアリマス ソウシテ伊藤旅館別館カラ二百米許リ離レタ所テ下車シテ一先ツ勢揃ヒヲシ別館ノ周囲ニ軽機ヲ据へテ四名ヲ配置シ外部ニ対スル警戒ヲ命シ河野ハ一人ヲ率ヰ勝手口カラ又他ノ二名ヲシテ玄関カラ屋内ニ闖入セシメ伯爵ノ居室ニ行カウトシタノテアリマスカ護衛ノ皆川(義孝)巡査ヨリ拳銃射撃ヲ受ケ負傷シタノテ之ヲ射殺シ一旦外ニ出テ拳銃ヤ軽機テ屋内ニ向ケ乱射ヲ行ヒ尚玄関附近ニ炭俵ヲ立テ掛ケ之ニ火ヲ放チ同家ヲ焼キ払ヒ牧野伯ハ焼死シタモノト思ツテ引揚ケタノテアリマスカ、此ノ間牧野伯ハ身ヲ以テ避難セラレタノテアリマス>>
yugawara itoyab03.jpg yugawara itoyab04.jpg
(左写真)光風荘正面。説明板・内部公開の案内板などが立ち並んでいる。(右写真)左側通路の奥が玄関。ここに炭俵を立掛けて放火、光風荘は焼け落ちる。

カタカナ文の憲兵隊の尋問調書に補足説明を加えると、
1936年(昭和11年)
2月26日(水曜)
 午前0時40分 所沢飛行学校の飛行12連隊附・河野寿大尉指揮の湯河原班が車両2台に分乗し、歩兵第一聯隊営門(旧萩藩下屋敷・元防衛庁・現東京ミッドタウン)を出発。途中、根府川駅(神奈川県)近辺で休憩。そこより10分程の行程の人家の無い場所で再停車し、総員に計画・命令を伝達。
午前4時過ぎ、湯河原に到着。宮下の西方で消燈・停車待機する。
午前5時 栗原隊が首相官邸を襲撃開始。各蹶起部隊も一斉に分担目標を襲撃開始。
午前5時15分 伊藤屋本館目指し行動開始。
湯河原班 伊藤屋本館前で2台の車を下車し、徒歩にて別舘光風荘手前の橋を渡る。
軽機関銃2(実包約1000発)・小銃1を別荘周辺に配して逃走に備える。
午前5時30分 河野大尉ら6名(日本刀のみの2名含む)が光風荘内に侵入(勝手口から)、警備の巡査の発砲により河野大尉・他1名が負傷。突入部隊は巡査1名(警視庁護衛課・皆川巡査)を射殺。他の護衛巡査と銃撃戦を展開。河野大尉は放火命令を下し、光風荘は全焼する。
午前6時30分頃 牧野伸顕伯爵は焼死したと判断し、引き上げ命令。
午前6時50分 2台の自動車に分乗し、湯河原から東京に向うも途中での警官との衝突を恐れ、熱海分院方向に転進。牧野伸顕伯爵は負傷するも地元消防団に救出される(伯爵付きの森看護婦は銃創を負う)(消防団長の岩本亀三も銃創)。
午前7時20分 湯河原班が東京第一衛戍病院熱海分院に到着。三島憲兵分隊により拘束される。  
午前7時20分頃までに全蹶起部隊が目標の襲撃完了。
午後3時20分 「陸軍大臣ヨリ」告示。同30分に決起将校に「陸軍大臣ヨリ」伝達。
午後4時 蹶起部隊は歩3連隊長指揮下に入り、占拠地の警備任務の命令受ける。
2月27日
午後3時30分 勅令により帝都に戒厳令公布。 
3月5日
午後3時30分頃 東京第一衛戍病院熱海分院に負傷入院中の河野寿大尉が果物ナイフで割腹自決をはかる。 
3月6日
河野寿大尉死亡。
yugawara itoyab07.jpg  yugawara itoyab08.jpg
(左写真)「光風荘」は週末(土・日・祝日)のみ10時〜15時まで一般公開され、事件関連の写真・遺品・散布ビラなどを展示している。(右写真)現場見取り図。
参考 「二・二六事件研究資料U・V」松本清張・藤井康栄編1986年文藝春秋刊
「麻布十番 賢崇寺 二十二士の墓(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/21795261.html
「赤坂 近衛歩兵第3聯隊跡(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/138528702.html
「中野 北一輝 検挙現場(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331937769.html
「六本木 聯隊前 龍土軒(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331977707.html
「赤坂 高橋是清・蔵相私邸(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332103469.html
「内幸町 飛行会館の大アドバルーン(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332155976.html
「荻窪 渡邊教育総監私邸(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332434854.html
「九段 戒厳司令部(軍人会館)(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/341259410.html
「三番町  鈴木貫太郎侍従長官邸(2・26事件)」 http://zassha.seesaa.net/article/341750813.html
「駒場 歩1栗原中尉私宅と山下奉文少将私宅(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/342058218.html
「四谷 斎藤實内大臣邸(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/343167821.html
「青山 第1師団司令部・師団軍法会議と相沢中佐(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/343499701.html
「渋谷 東京陸軍軍法会議臨時法廷・陸軍刑務所(衛戍監獄)(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/343700967.html
「六本木 歩兵第1聯隊(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/343813659.html
「麻布十番 賢崇寺 二十二士の墓(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/21795261.html
posted by y.s at 23:14| Comment(0) | 関東各地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。