2013年02月27日

赤坂 高橋是清・蔵相私邸(2・26事件)

赤坂の高橋是清大蔵大臣の私邸襲撃の模様です。
「赤坂 近衛歩兵第三連隊跡(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/138528702.htmlの続きです。

1936年(昭和11年) 
2月26日 近衛歩兵第3聯隊第7中隊隊長代理(隊長は井上中尉)・中橋基明中尉は、午前3時40分に7中隊に非常呼集(ラッパ不使用)をかけ午前4時には7中隊舎前(隊舎は敷地の中央付近)に整列完了。呼集前に隊付き将校・今泉少尉を起こし、昭和維新断行を打ち明け参加打診。午前4時30分頃、隊列を揃え営門(西側の正門)を「明治神宮参拝」と称し通過。現在の道路でも弾薬配布場所までは10分以内で着くので雪道の下り坂を考慮しても午前4時40分〜50分にはシャム公使館北側脇に到着してるはず。
中橋基明中尉はこの地点で止まれの停止命令(ここで兵に昭和維新断行を告げている)。第1小隊(約60名)にのみ弾薬配布し、今泉少尉指揮の第2小隊(約60名)には同地点で待機命令。午前5時(一斉突入時間)に中島少尉を伴い第1小隊が行動開始。シャム公使館角のT字路を右折、すぐ左側の高橋是清私邸の塀(東門)を中島少尉指揮の兵が乗越え進入、北側表門(長屋門)の錠を内側から開かせる。中橋基明中尉指揮の兵が護衛警備の警視庁巡査(巡査3名+赤坂署の警部1名)を威嚇制圧しながら邸内突入。装備は小銃(実包約1000発)と拳銃のみ。
高橋是清邸は約6600平方m。当日は執事・書生(2名)・女中ら15名が邸内におり、年配の奥女中・阿部千代は2階の是清の居室の隣り部屋にいました。物音に眼を覚ました是清が屋根の雪が落ちたのだろうと告げたと千代は証言しています。裁判記録には蒲団をはがすまで寝ていたと記録されており食い違ってます。(同年3月22日付東京朝日新聞朝刊に娘・真喜の同様の談話が掲載・・又、未亡人となったしな子夫人(別棟の西洋館3階にいた)も詳細に蔵相の様子を述べてます)
午前5時5分に中橋中尉が「国賊!」と一声し拳銃発砲、中島少尉は軍刀で2突き(左腕・左胸)、高橋是清はうなり声のみで言葉なく即死絶命。部屋に入ったのは2将校のみ。後の家族の証言では蔵相の左腕は肩からとれそうなほどぶらぶら状態。
この暗殺シーンを描いた映画を1本だけ特筆。篠田正浩監督の「スパイ・ゾルゲ」(2003年公開)で高橋邸襲撃の短いシーンが挿入されてます。小金井の江戸東京たてもの園に移築された建物(実際の部屋)で撮影されており憲兵隊の調書に残る10畳の奥の部屋でなく階段上の手前の8畳間に向けて役者さんが発砲してます。
 
*蔵相襲撃部隊総員は137名・・近衛師団司令部から唯一人参加は下士官・大江昭雄曹長・・中島少尉は津田沼の鉄道第2聯隊付で歩1の栗原中尉の命令で参加・・中橋中尉は前夜10時30分頃に2名の曹長を連れて歩1の栗原中尉から襲撃用の弾薬を受領している。
蔵相襲撃終了後、中橋基明中尉指揮の部隊は半蔵門から宮城に入り坂下門警備に就きます。ここで2・26クーデタが成功したかも知れないチャンスが・・野中大尉指揮の警視庁襲撃の最大部隊との宮城内での合流(宮城突入占拠)です。坂下門警備の1時間30分の間に野中隊との連絡が不調に終わり失敗に・・決起からわずか3時間目のことでした。
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(左写真)近衛歩兵第3聯隊の営門を出て右に直進すると5〜6分で部隊はこの写真の位置に・・目の前の路地を左折すると弾薬配布・第2小隊待機位置です (右写真)奥の行き止まりを右に・・そこは高橋是清邸 手前のミラー付近が兵に維新断行を告げた場所
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(左写真)右側石垣が高橋是清私邸・・東門付近
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東南側の当時からの庭に「高橋是清翁像」 公園として整備されていて無料公開(港区の管理)
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戦前建立の顕彰碑
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敷地は道路拡張(246号)で削られて狭くなってますが公園奥は人も少なく森閑としてます・・灯篭などは高橋邸にあったものなのだろうか
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*赤坂の高橋是清私邸の建物は都下・小金井市の江戸東京たてもの園に移築保存されており内部見学可能です。以下は実際の建物内部写真で襲撃の模様をチェック。
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母屋の玄関 長屋門から突入した中橋中尉はこの玄関から入ったのだろうか
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(左写真)1階廊下からの庭(ガラスも古い)突入した第1小隊は暫くの間広い母屋内を捜索する・・かなり広く2階への階段が何処にあったのか思い出せない(右写真)中橋中尉と中島少尉が駆け上がった階段
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(左写真)2階・奥に階段が見える・・映画「スパイ・ゾルゲ」では将校がこの階段口で発砲している(右写真)2階見取り図
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憲兵隊調書では奥(写真では手前)の10畳間にて是清翁が絶命 2枚とも10畳間から
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(左)東京朝日新聞の第1報(2月27日朝刊)高橋蔵相は負傷と報じられている(右)28日付けで死亡報道

*高橋是清の多磨霊園の墓です。墓域は8区1種2側。昭和11年2月26日の刻字に一瞬身体に震えが走りました。
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2・26事件リンク
「麻布十番 賢崇寺 二十二士の墓(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/21795261.html
「赤坂 近衛歩兵第3聯隊跡(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/138528702.html
「湯河原 牧野伯爵宿舎(前・内大臣)伊東屋旅館別荘(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331635880.html
「中野 北一輝 検挙現場(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331937769.html
「六本木 聯隊前 龍土軒(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331977707.html
「内幸町 飛行会館の大アドバルーン(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332155976.html
「荻窪 渡邊教育総監・私邸襲撃(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332434854.html
「九段 戒厳司令部(軍人会館)(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/341259410.html
「三番町  鈴木貫太郎侍従長官邸(2・26事件)」 http://zassha.seesaa.net/article/341750813.html
「駒場 歩1栗原中尉私宅と山下奉文少将私宅(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/342058218.html
「四谷 斎藤實内大臣邸(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/343167821.html

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posted by y.s at 01:42| Comment(0) | 東京北西部tokyo-northwest | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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