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作家・吉行淳之介が葬儀の模様をエッセイに残している。
<< 昭和六十二年六月二十日(土)烈しい雨。東京信濃町・千日谷会堂で、森茉莉さんの葬式が午後一時から無宗教でおこなわれた。(略)
六月六日午後に森茉莉さんが亡くなったのはたしかだが、まだそこらにいるような気分である。
それに、弔辞を頼まれてしまった。これは大の苦手であるのだが・・・。
六月八日夜、共同通信からの電話で、はじめて森茉莉さんが心不全で急逝したのを知った。八十四歳であった。
六月九日付の読売新聞の記事の一部によると、
『文豪・森鴎外の長女で、随筆家の森茉莉さんが、八日昼前、東京・世田谷の一人住まいのアパートで、ひっそり死んでいるのが見つかった。
鴎外に溺愛され、その父を活写した随筆「父の帽子」でデビュー、ひたすら空想と美の世界を一人、歩き続けた女流エッセイスト。死後二日経過していたが、六畳一間の城″で筆をとり続けたその顔は、安らかで、夢を見ているようだったという』
この末尾を、そのまま信じることにして、むしろ安堵があった。
この記事にクレームをつけるとすれば、「随筆家、エッセイスト」という規定である。
森茉莉は一流の小説家であった。
葬儀の日、壇の上の白い菊の飾りつけが美しかった。遺影の傍に愛嬌のある茶色の熊の縫いぐるみが置かれているのも、森茉莉さんらしかった。
式は、「新潮45」編集長亀井龍夫氏の司会で、弔辞からはじまった。
(略)
もともと、森茉莉さんは宮城まり子の友人である。宮城まり子は室生犀星に気に入られて、ときどき訪問していたので、そこで会ったらしい。昭和三十七、八年ころ、北千束の私たちの家に森茉莉さんが現れ、それが初対面だった。その宮城まり子は、二日前にヨーロッパから帰ってきて、四番目の弔辞を遺影に向って語りかけた。不思議な話で、むしろ笑ってしまう内容なのだが、話のあいだから森茉莉さんの面影が浮び上り、ちょっと涙が出た。
『ある日、森茉莉さんから電話がかかってきて、「ジャーというの、知ってる。トマトを冷やして食べようと、ジャーというのを買ってきて、トマトを三つと氷を容れておいたの。一週間、一ケ月、一年と経ってしまって、こわくて開けられないけど、どうしようか」と相談されたので、「それ開けないでね、開けたら駄目よ」と言って、いそいで新しいジャーにトマトを容れて持って行きました』というような話である。
そういう話をするつもりだけど、「そのとき二人とも、ジャーの蓋を開けると、トマトがドーンと弾丸のように三つ飛び出すにちがいないとおもったのだけど」と前日に相談された。
「そこは言わないほうがいい、おもわず笑ってしまう人がいると、やはり具合が悪い」と言っておいた。
最後に、喪主として、実弟の森類(るい)氏が参会者に挨拶された。「森茉莉の生涯」というようなもので、語り口の飄逸なところと相俟(あいま)って大そう興味があった。
森茉莉さんが上野動物園の近くに住んでおられた時期のことなど、初耳であった。昭和六十一年秋急逝された円地文子さんも動物園の傍に住んでおられたが、近所同士の時期があったろうか、などといろいろ考えながら聞いていた。
そして、「それにしても、これは喪主挨拶にしては長すぎはしまいか。しかし、僧侶の経もないことだし、神父や牧師の説教もないのだから・・・」と考えた。そのすぐあとで、森類氏がまったく同じことを言われたので、内心おかしかった。破格だが、いかにも森茉莉さんらしい葬儀だった。若い女性が多かったが、森茉莉ファンなのだろうか。会堂が狭いせいもあって、うしろに立っている人もあった。>>
吉行淳之介「森茉莉さんの葬儀」より 「新潮45」昭和62年8月号初出
参考
「森茉莉かぶれ」筑摩書房2007年刊
「森茉莉 贅沢貧乏暮らし」阪急コミュニケーションズ2003年刊
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