<<夜分は太いローソクの明かりで、原稿用紙へ余念なくペンを走らせ、宿命の如く日の目もみずに生きてきたあぶれ者の心情を吐露するところがあった。何年振りかで人肌恋しく、娼婦のたむろする「抹香町」へ出かけ、ゆきずりな接触を重ねる模様ともなった。物置小屋へ住んで娼婦を買いに行く、軈(やが)て五十歳に近いひとり者の日常をなりふりかまわずあけすけ書き抜く作品は、ものみ高い世間の人眼をひき、私を一寸した流行作家如きに仕上げ・・・・>>
小田原海岸の波打ち際の物置小屋2階で執筆し、時折、抹香町(私娼窟)へ出かけ、早川観音へ日参し、小田原城下で寿司を食べる・・・異才私小説作家・川崎長太郎。
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川崎長太郎 簡略年譜
1901年(明治34年)11月26日 神奈川県足柄下郡小田原町万年3-470番地に生まれる
家業は箱根温泉の旅館相手の魚商
1917年(大正6年) 県立小田原中学校入学(現・小田原高校)(翌年に退校)
1924年(大正13年) 23才 東京・下戸塚の法栄館に下宿
徳田秋声・宇野浩二らを識る
1934年(昭和9年) 33才 「道草」刊行
1935年(昭和10年) 34才 「余熱」ほかの作品で第2回芥川賞候補となる
本郷に住む
1938年(昭和13年) 37才 小田原・万年町の実家に引き上げる 実家の物置小屋に住む
近くの遊所(抹香町)に通う
1948年(昭和23年) 47才 「淫売婦」 「偽遺書」発表
1950年(昭和25年) 49才 「捨猫」 「抹香町」 「路傍」など発表
1953年(昭和28年) 52才 「色めくら」 「伊豆の街道」発表、
この頃 物置小屋に読者の女性の来訪が増える
1954年(昭和29年) 53才 作品集「抹香町」刊行
小田原・だるま食堂にて出版祝賀会が開催される
1958年(昭和33年) 55才 「消える抹香町」 発表・・・4月 売防法実施される
1985年(昭和60年) 11月6日 肺炎のために小田原市立病院で逝去 享年83才
墓は静岡県御殿場市の富士霊園にある
参考 「川崎長太郎 抹香町 路傍」の巻末収録年譜より
小田原 川崎長太郎の物置小屋跡http://zassha.seesaa.net/article/387706453.html
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