虎屋の歴史が綴られているHPには、奈良の古(いにしえ)から禁裏御用を務めてきたという伝承は記載されてません。<室町時代後期に京都で創業する。1586年の後陽成天皇の即位に始まる在位中に御用を務める 。>と文献(御用開始時期が記載された「御出入商人中所附」1754年)で証左された時代から記述が始まっています。1600年(慶長5年)9月の関ヶ原の戦での西軍敗北に際して、犬山城主の石河備前守を「市豪虎屋」が匿ったとの記述が妙心寺の文献に残されており、すでに大店(おおだな)であったことが証明されてます。その35年後の、残存している最も古い御用記録「院御所様行幸之御菓子通」には「やうかん、あるへいたう、らくがん、大まん、まめあめ」等の多くの菓子名が記載されています。
明治維新による江戸(東京)遷都に際して12代目の店主・黒川光正は御所御用菓子司として東下し、神田・丸の内・八重洲と店舗を構えては移転を続け、明治28年に赤坂の地に。現在の東京本店の地(旧町名は赤坂表町)に店を構えたのは1932年(昭和7年)になってから(拡張前の国道246号の道路上に)。
京都の虎屋一条店が文献で証明される発祥地と特定できるのは、東京進出に際して黒川光正が御所西辺に接するこの店舗をそのままにしていたため。
虎屋一条店HP http://www.toraya-group.co.jp/products/pro09/pro09.html
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*赤坂とらや本店http://zassha.seesaa.net/article/27470867.html
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