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「私の東京地図」から <外国書の購入を一手に引受けて、日本最高の知識層もその店に居るのに何かしかの誇と愉悦とを感じるにちがいない丸善書店でさえ、店員の大半は縞の着物に前だれ姿であった。客もまた下駄ばきが多い。>
19才の着物姿(?)の女店員佐多稲子は、1923年(大正12年)9月1日に死者9万1802人、行方不明4万2257人の犠牲者を出した関東大震災に遭う。
<丁度食事どきで、店員たちの半分は食堂へ行っていたし、客の姿も少なくて、店は閑散としていた。私は女店員のひとりと抱き合って店の中ほどの飾りケースのそばに揺すられるままになっていた。(略)最初の揺れがひと先ず終ったとき、みんな外へ出ろ、と誰かにうながされて、私は抱き合っていた連れといっしょに、入口から外へ出た。出たとたんに、筋向うの野沢組の赤煉瓦の建物が、ざぁと前へ崩れ落ちた。あっ、これが大地震なのだ、と私はその瞬間にはじめて、今の経験を見定めた。(略)私たちは真向かいの荒囲いの空地へ集まった。>
丸善の店員たちは、未だ建設されていない高島屋百貨店予定地の広い空地に避難して無事を確認したことがわかる。佐多稲子ら女店員たちが丸善店内で目撃して、その容姿に見惚れていた作家(革命家)大杉栄は大震災から15日後の9月16日に、新宿・柏木の自宅近辺で憲兵隊に連れ去られ、九段の憲兵隊本部で虐殺される。
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佐多稲子は、大震災の翌年4月に資産家小堀家の慶応大学の学生だった長男と20才で結婚し蒲田に移り住むが、大正14年を迎えると夫とともに自殺を計る。命は取りとめ、父親のいる相生の実家に引き取られる。6月に長女を出産するが、小堀家には戻ることはなく離婚に。佐多稲子21才・・つづきは「私の東京地図」で。
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