2013年11月14日

高知 坂本龍馬生誕地

坂本龍馬は、1835年(天保6年)11月15日(旧暦)に土佐山内家の城下・本丁筋一丁目(現・上町1丁目)にて下士(郷士)坂本八平直足の次男として誕生。没年も同月同日。長兄・権平と姉3人(千鶴・栄・乙女)がいた。本丁筋の西方に質屋・酒造業などを営む本家の商家・才谷屋が在る。龍馬は手紙などで本家の姓を冠した変名「才谷梅太郎」を重ねて使用している。
坂本龍馬の名が死後、広く認知され始めるのは維新からかなり遅れて、明治16年に地元の土陽新聞に「汗血千里駒」(作・坂崎紫瀾)が発表されてから。その効果が出たのか明治24年4月になり贈正四位が授けられている。幕末のトップランナーに躍り出るのは、司馬遼太郎の長編時代小説「竜馬がゆく」(1962年6月〜産経新聞に長期連載)の主人公として西へ東へ奔走し始めてから。いつの間にか花街から抜け出てきたかのような「美人」のお龍も定着してきている。
先日、高知県立坂本龍馬記念館からメールで、11月の「龍馬月間」イベントの知らせが届いた(月1回の定期メール)。写真は昨年(2012年11月)の「龍馬まつり」で撮影した分です。毎年の参加などとても無理・・・土佐勤王党のリーダー武市半平太瑞山のファンなんだから・・・幕末土佐といったら「武市半平太」。
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桂浜公園(市内からかなり遠い)の巨大なブーツをはいた龍馬銅像(龍馬祭開催中は脇に櫓が組まれブーツが見れる)海は土佐湾(太平洋)
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高知城本丸からの城下  (右・下段写真)龍馬生誕地にて
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「11月15日」・・・土佐では生誕祭 京都では東山・霊山(りょうぜん)に並ぶ坂本龍馬・中岡慎太郎の墓前に毎年100名を越える人々が黙祷・合掌に参じます
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生誕地の場所に赤丸印  右写真は坂本龍馬も訪れていた武市半平太小楯の屋敷跡 公園の一角に石碑(屋敷跡碑と夫婦碑)が並んでいる

<<年月日は不明 慶応元年? 龍馬から土佐の姉・坂本乙女あて書状
西町蔵母ハいかゞ、定きづかいなるべし。然レバ蔵ハ此頃相不レ変一軍の参謀となり、戦場ニも鞭をとり、馬上ニて見廻りなど仕候。事なき時ハ自ら好て軍艦ニ乗組候て稽古致し候。勢盛なる事ニて候。先日もはからずあい申候て色**大はなし致し候。むかし西町のさハぎなどたがいニ申、実ニおもしろし。かの方へ御申し。かしこ。>>
<<文久三年五月十七日 龍馬から土佐の姉・坂本乙女あて書状
此頃ハ天下無二の軍学者勝麟太郎という大先生に門人となり、ことの外かはいがられ候て、先(まず)きやく(客)ぶんのよふなものになり申候。ちかきうちにハ大坂より十里あまりの地ニて、兵庫という所ニて、おゝきに海軍ををしへ候所をこしらへ、又四十間、五十間もある船をこしらへ、でしどもニも四五百人も諸方よりあつまり候事、私初栄太郎(高松太郎)なども其海軍所に稽古学問いたし、時*船乗のけいこもいたし、けいこ船の蒸気船ジヨウキセンをもつて近*のうち、土佐の方へも参り申候。そのせつ御見にかゝり可レ申候。私の存じ付ハ、このせつ兄上にもおゝ(大)きに御どふい(同意)なされ、それわおもしろい、やれ/\と御もふ(申)しのつがふ(都合)ニて候あいだ、いぜんももふし候とふり軍サでもはじまり候時ハ夫までの命。ことし命あれバ私四十歳になり候を、むかしいゝし事を御引合なされたまへ。すこしヱヘンニかおしてひそかにおり申候。
達人の見るまなこハおそろしきものとや、つれ/″\ニもこれあり。
猶ヱヘンヱヘン、かしこ。
五月十七日 龍馬
乙大姉御本
右の事ハ、まづ/\あいだがらへも、すこしもいうては、見込のちがう人あるからは、をひとりニて御聞おき、  かしこ。>>
<<文久三年八月十四日? 江戸の龍馬から 姉・坂本乙女あて書状
此は(な)しハまづ/\人にゆ(言)ハれんぞよ。すこしわけがある。
長刀順付ハ千葉先生より越前老公へあがり候人江(へ)、御申付ニて書たるなり。此人ハおさなというなり。本ハ乙女といゝしなり。今年廿六歳ニなり候。馬によくのり劔も余程手づよく、長刀(なぎなた)も出来、力チカラハなみ/\の男子よりつよく、先たとへバうちにむかしをり候ぎんという女の、力料斗(ばかり)も御座候べし。かほかたち平井(加尾)より少しよし。
十三弦じうさんげんのことよくひき、十四歳の時皆傳カイデンいたし申候よし。そしてゑもかき申候。
心ばへ大丈夫ニて男子などをよばず。夫ニいたりてしづかなる人なり。ものかずいはず、まあ/\今の平井/\。
○先日の御文難レ有拝見。杉山へ御願の事も拝見いたし候。
其返しハ後より/\。十四日
乙様    龍>> *江戸・千葉道場の「おさな」(さな)が登場

  *「龍馬の手紙」講談社学術文庫を底本にした「青空文庫」より

横須賀・京急大津 お龍の墓 信楽寺http://zassha.seesaa.net/article/135995149.html
横浜 料亭・田中家の「おりょう」http://zassha.seesaa.net/article/380154207.html


posted by y.s at 22:18| Comment(0) | 各地various parts of japan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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