明治13年6月に執筆された「渡辺家履歴書」によって、襲撃したのは見廻組与頭(よがしら)・佐々木只三郎の指揮する一隊(計7名)で公務の出動(京都守護職・所司代を通じての捕縛命令)であったことが証明される。尚、近江屋新助は近くの京都土佐藩邸出入りの商人だった。また、二階へ付け入った(上った)のは3名で渡辺吉太郎・高橋安次郎・桂隼之助。龍馬を斬ったのは桂と推定される(その刀の展示有り)。指揮者佐々木は二階上り口にいた。明治3年に見張り役であった今井信郎の自供・口述によって新政府・刑部省が、見廻組・小笠原河内守を文書により調査している。京都見廻組の実質的全権は佐々木只三郎一人にあったとする返答を得ている。
*参考「中岡慎太郎 陸援隊始末記」中公文庫1977年刊 「京都見廻組史録」2005年刊
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横須賀・京急大津 お龍の墓 信楽寺http://zassha.seesaa.net/article/135995149.html
横浜 料亭・田中家の「おりょう」http://zassha.seesaa.net/article/380154207.html
高知 坂本龍馬生誕地http://zassha.seesaa.net/article/380242659.html
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