「澪標」は作者の死(満59歳)のほぼ1年前に発表された作品。冒頭1行目から・・・
<<私が生れたところは滋賀県の五個荘である。当時は南、北五個荘村に分れていたが、今は旭村と共に合併して、五個荘町となっている。(P41)
三高の試験に失敗する。以来、一年間、私は憂鬱な日日を送った。(P94)
その私の仮寓は三条大宮を東へ入ったところにある。京の三条通も堀川を西へ渡ると、あのしっとりと落着いた気品は失われる。小さい小売屋が軒を並べ、客を呼ぶ声もかまびすしく、かなり猥雑な街になる。>>(P96)
<< 通りに面した商店と商店との間には、極めて狭い露地が幾筋も通じてい、それを通り抜けると、決って二軒、三軒と仕舞屋が建っている。私もそんな一軒を借りていたが、階下は畳も薄暗いので、二階を書斎に当てていた。その二階の窓の下にも狭い露地が通ってい、その奥の家には若い、琵琶の女師匠がその妹と住んでいた。夜になると、近所の若者達が習いに来て、賑やかな話声が止むと、琵琶の音が聞えて来る。
私の下宿からは神泉苑も近かった。神泉苑は当時既に池には水もなく、埃っぽい小庭園に過ぎなかったが、私の好む休みの場所となった。二条城も私の散歩の範囲にあったし、二条駅も私の好きな場所であった。散歩の途次、私は二条駅の木柵に凭り、単線のレールが鈍く光っているのを眺めながら、花園、嵯峨、保津峡、更に胡麻、和知、安栖里、山家などと、頻りに旅が思われたりした。またある日、春風の中に笛や、鉦の音が聞えているのに誘われ、その音を頼りに行ってみると、壬生狂言が行われていたりもした。>>(P97)
<<その頃、私は梶井や中谷と常に行動を共にするようになっていた。梶井は大酒家であり、愛酒家でもある。小料理屋で飲む酒の味も、私は梶井から教えられる。中谷は全く酒を嗜まない。が、私達の酒がどんなに長引いても、中谷がいなくなるようなことはない。電車のなくなった、京都の深夜の街を、私は中谷と歩いて帰ったことも幾度かある。中谷も、梶井も私より二年前に三高に入学している。しかし二人とも二度原級に停められている。いずれも出席日数の不足に因る。殊に中谷には既に愛人(現夫人)もあり、同棲していたこともある。が、今は彼女とも別れている。そんな人の心と心との葛藤もあろう。自分自身の心の悔恨もあろう。中谷はいつも不機嫌であったし、その表情には暗鬱な翳が消えることがなかった。>>(P111)
<<祇園石段下の「レーヴン」というカッフエに、梶井や、中谷や、私達が毎晩のように集ったのは、もう三高の生活も終りに近い頃である。中谷のその一学年の出席数は悪くなく、卒業は確実である。梶井の卒業はかなり危ぶまれたが、理科である梶井が大学は英文科に転じる決心もつき、教授達の間を運動中である。卒業後、私達は東京の大学へ行き、時期を見て、同人雑誌を出す計画である。その頃の私達の雰囲気はかなり明るかったと言わなければならない。梶井も、中谷も、私も卒業した。その夜、私達は例によって「レーヴン」に集り、京都に残る人達と酒を汲み交わす。私は前後不覚に酔ってしまったらしい。翌朝、私が目を覚ますと、汽車は浜松駅に停車するところである。私と、梶井と、中谷とはプラットホームに降りて、水を飲んだ。
梶井は文学部英文学科、中谷は独文学科、私は経済学部経済学科に入学することができる。私達三人は銀座や、神楽坂を飲み歩く。酒を飲まぬ中谷は相変らず不興げであるが、梶井は関西弁丸出しで、ユーモラスな諧謔を飛ばしたりして、かなり機嫌がよい。>>(P114)
作者・外村繁は、大正11年4月三高劇研究会に参加する。そこで梶井基次郎・中谷孝雄を知る。この年、梶井はほとんど講義に出席せず、毎夜の飲酒と女郎買いの退廃生活を送っている。翌年10月に、準備中の劇研究会の最初の公演(チェホフ「熊」など)が学校側により中止命令を受ける。精神的打撃を受けた梶井・中谷・外村は、連日連れ立って飲み歩き、暴れまわる。梶井はビール瓶で負わされた顔の傷が消えることはなかった(カフェー・レーブン事件)。梶井はこの年に習作「カッフェー・ラーヴェン」を残している。
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