2013年11月21日

広島 井伏鱒二の「黒い雨」

井伏鱒二の「荻窪風土記」(1982年刊)を時折、読み返している。
井伏は荻窪北口(清水町)に居を構えており、その住まいの近辺には弟子・太宰治がまとわり付くように下宿住まいをし、師のもとを度々訪れていた(戦前のことだ)。井伏の家(木造平屋建て)は現在も生前とかわらぬままに残っており、太宰が借りていた下宿のうちの1軒も当時のままの姿をみることができる。最近、井伏鱒二の晩年を代表する作品「黒い雨」(1965年「新潮」誌に発表)を原作とした映画(同タイトル・今村昌平監督)をDVDで観る機会があり、広島を撮った古い写真の存在を思い出した。
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1945年(昭和20年)8月6日・・・小説「黒い雨」(新潮文庫版)より抜粋。
<<・・・私が外の築山を見ていると、警戒警報解除のサイレンが聞こえてきた。時計を見ると八時であった。いつもこの時刻になると、アメリカの気象観測機がやって来て広島市街の上空を素通りする。例によってそれだろうと私たちは別に気にもとめなかった。(略)そのとき戸外で青白い光が凄く閃いた。東から西に向け、つまり広島市街から古江の裏山に向って飛び去ったようであった。太陽の何百倍もの大きさを持った流れ星のようであった。間髪を入れず大きな音が轟いた。(略)広島市街の方角に空高く煙が立ちのぼっていた。それが白い土塀の上に見えた。火山の噴煙のようにも見え、輪郭のはっきりした入道雲のようにも見え、とにかく只ならぬ煙であることだけは確かであった。>> p17〜18
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<<白い半袖ブラウスも同じように汚れその汚れているところだけ布地が傷んでいた。鏡を見ると、防空頭巾で隠されていたところ以外は同じような色で斑点になっているのが分った。私は鏡のなかの自分の顔を見ながら、能島さんの誘導で闇船に乗りこんで、もうそのときには黒い雨の夕立が来ていたことを思い出した。午前十時ごろではなかったかと思う。雷鳴を轟かせる黒雲が市街の方から押し寄せて、降って来るのは万年筆ぐらいな太さの棒のような雨であった。>> P31 
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文庫版のP237で主人公の一人・矢須子の被爆症状(発熱・脱毛)が描写される。映画では高丸矢須子役は元キャンディーズのメンバー田中好子(故人)が演じている。風呂場で髪が抜けることに気付くシーン(ヌード)は、いつまでも強烈に印象に残り続ける。
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原民喜の原爆小説を読みながら、この写真を載せる予定でいたが、井伏鱒二の「黒い雨」になってしまった。
(右写真)東京・多磨霊園の小達家墓所に眠る田中好子・・・2011年4月21日に55才で死去。本名は小達好子(おだてよしこ)。義妹の女優・夏目雅子(27才で死去)も防府市の大楽寺からの分骨を受け共に眠っている。
posted by y.s at 23:27| Comment(1) | 各地various parts of japan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
主人は、足立区千住の出身で、田中釣具店とは憑依にしておりました。主人は好子さんを「マメタンク」と呼び、好子さんは主人を「せいちゃん」と呼んでいました。キャンディーズになってからも、何度か主人の実家の天ぷら屋に、好子さんは食事に来てくれていたそうですが、段々と有名になっていく好子さんと、主人は距離をおくようになりました。何十年か経ち、好子さんが亡くなった時は、主人はショックだったに違いありませんが、ファンの方々のお焼香には行こうと誘っても拒んでいました。しかし、ケーブルテレビでドリフの懐かしいコントを見て、好子さんを懐かしんでいるから、絶対に多磨霊園に連れて行くつもりです。貴重な情報ありがとうございます。
Posted by 定マニア at 2013年11月22日 09:52
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