<<その夜、かれは、日本橋北槙町に足をむけた。そこには、いのという女が住んでいた。いのは、以前、新吉原の谷本楼で瀧本という名で遊女をしていた。鉄之介は、江戸へ出た折に藩の者と谷本楼に登楼し、瀧本を知った。(略)半年ほどした頃、鉄之介は、瀧本の姿が谷本楼から消えたのを知った。楼の者にきいてみると、瀧本は、老齢の裕福な商人に身請けされて谷本楼から去ったという。(略)それから一年後、かれは小石川の藩邸近くの路上で、偶然、瀧本(実名いの)と出会った。立話をしたが、それによると身請けしてくれた老人が病死し、今では日本橋北槙町の兄熊二郎の家に身を寄せているという。いのは、今後も鉄之介に会いたいとしきりに言い、鉄之介もそれに応じてしばしば夜を共にするようになった。やがて、かれは、いののために熊二郎を店請け(身元保証人)として北槙町中橋に家を借りてやり、そこにいのを住まわせた。 鉄之介は、いのの親が伊予の大洲藩関係の者であったことを知り、気性がしっかりしていて立振舞いも尋常であり、書に巧みなのも当然である、と思った。彼女は、二十二歳であった。>> P269より
「桜田門外ノ変」の後、関鉄之介ら逃亡した浪士を追跡する幕吏の探索の網に引っかかり、瀧本(本名いの)は隠れ家を提供したかどで捕らえられ、伝馬町の牢獄送りとなる。実話だ。大老襲撃計画を知っていたはずだと、厳しい詮議(拷問)を受け、瀧本は獄死する。伝馬町で果てた者は小塚原(現在の南千住・処刑場と死体捨置場があった)に運ばれ、捨てられるのだ(浅く埋められ土を被せられる)。瀧本は短い23歳の人生を終えた。
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以下の写真は、瀧本(実名いの)が獄死した伝馬町牢獄跡
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小説「桜田門外ノ変」(下)P214から
<<「妓女瀧本、万延元年申(さる)年の七月六日牢死、二十三歳、旧吉原谷本楼の娼(しょう)、本名いの、日本橋北槙町常吉地借り熊二郎方同居、大洲藩へ引渡さる」>>
参考
「幕末維新全殉職者名鑑」(瀧本の名が掲載されている)
桜田門外ノ変リンク
愛宕 桜田門外ノ変 水戸・薩摩浪士集結地http://zassha.seesaa.net/category/837931-1.html
鎌倉 桜田門外ノ変 広木松之介の顕彰墓碑http://zassha.seesaa.net/article/375779732.html
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桜田門外の変と、いのさんの存在は、忘れません。