2013年11月24日

谷中 煉瓦塀の荒屋(あばらや) 江戸川乱歩「妖虫」から

人気誌「キング」に、<<待ちに待たれた二年ぶりの大快作「妖蟲」江戸川乱歩氏作>>というキャッチコピーで連載(昭和8年12月〜昭和9年11月)された小説「妖虫」の一場面は、乱歩氏自ら教示しているように、そのモデル地は現実に存在しており、その一部(レンガ塀)は70年が経った現在でも確認できる。

相川青年(大学生)は、妹・珠子と妹の家庭教師である京子を連れて、料理がうまいと評判の日本橋川沿いのレストラン「ソロモン」に食事に出かける。京子はレストランの別のテーブルにいる青目がねの男から「人を殺す話」を唇の動きから読み取ってしまう。京子は読唇術を心得ていて、その言葉をメモ用紙に書きとめる。新聞はさかんに「妖虫事件」という大見出しで、その異様な事件を書き立てている。

<<「アスノバン十二ジ」京子はその青目がねの男から視線をそらさず、手元を見ないで鉛筆を動かすものだから、仮名文字はまるで子供の書いた字のように、非常に不明瞭であったが、兄妹はメニュを覗き込んで、やっと判読することができた。
「何を書いているんです。それはどういう意味なのです」
相川青年が思わず訊ねると、京子はソッと左手の指を口に当てて、眼顔で「だまって」という合図をしたまま、又青目がねの男を見つめるのだ。
しばらくすると、鉛筆がたどたどしく動いて、また別の仮名文字がしるされた。
「ヤナカテンノウジチョウ」
それからまた、
「ポチノキタガワ」
「レンガベイノアキヤノナカデ」
とつづいた。メニュの裏の奇妙な文字はそれで終ったが、鉛筆をとめてからも、やや五分ほどのあいだ、向こうの隅の青目がねともう一人の紳士とが、勘定をすませて食堂を立ち去ってしまうまで、京子の視線は、青目がねの顔を追って離れなかった。
「どうしたんです。わけを言ってください」
京子のたださえ青い顔が一そう青ざめていることといい、このなんともえたいの知れぬ、気違いめいた仕草といい、ただ事でないと思われたので、相川青年は、真剣な顔をして、ヒソヒソ声になって、きびしく訊ねた。
さっきの青目がねの男は、最初短刀で一寸だめし五分だめしにすると言ってから、このメニュに書きつけてある日と場所とを言ったわけですね。つまり「明日の晩十二時」「谷中天王寺」「墓地の北側」「煉瓦塀の空家の中で」と。相川青年は、メニュの仮名文字を判読しながら言った。>>
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(写真)谷中墓地の西端、江戸川乱歩が昭和初期に見たものと同じ光景が残されている。

<<相川守は、その翌晩の十一時ごろ、もう人影もない上野公園の中をテクテク歩いていた。
昼間はほかのことに取りまぎれて、忘れるともなく忘れていたが、日が暮れて、夜が更けて行くにつれて、彼の病癖と言ってもいい猟奇の心が、ムグムグと頭をもたげて、もうじっとしていられなくなった。彼は家人に言えば止められるにきまっているので、それとなく家を出て、しばらく銀座で時間をつぶしてから、バスで上野公園へやってきたのだ。彼は暗い公園を歩きながら、彼のいささか突飛な行動を弁護するように、こんなことを考えていた。
(どう考えなおしてみても、あれは小説の筋ではないようだ。青目がねの男は「あすの晩十二時」と言ったが、小説の筋を話す時に「あす」なんて言いかたをするはずはない。「その翌日」というのが当たり前だ。それに、あいつは空家の町名や位置を詳しく言っていたが、小説にしては、あんまりはっきりしすぎているではないか)
(確かめてみればわかるのだ。もし青目がねがいった位置に、実際そういう煉瓦塀の空家があれば、もう疑うところはない。煉瓦塀の住宅ば非常に珍らしいのだし、小説の中へそんな実際の空家を取り入れるなんて、考えられないことだ。ただその空家が実在するかどうかが問題なのだ。それがすべてを決定するのだ)
谷中天王寺町の辺は、大部分が墓地だけれど、墓地に接して少しばかり住宅が並んでいる。その中に、小さな仮小屋のような煙草店があって、まだガラス戸の中に火があかあかとついていたので、そこで訊ねてみると、「ああ、煉瓦塀の空家なら、この墓地を突き切った向こう側に、一軒だけポッツリ建っているアレのことでしょう。まっ直ぐにお出でなさればじきわかりますよ。もっとも暗いには暗うございますけれど」
おかみさんが、丁寧に教えてくれた。相川青年は半信半疑でいた空家が実在のものだとわかると、何かしらハッとして、心臓の辺が妙な感じであった。>>
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(写真)「谷中の煉瓦塀に囲まれたポッツリ建つ空家」、現在では周囲には住宅が建ち並び、昔の風景は望むべくもない。古ぼけた空家は取り壊され、かわりに大きなマンションが敷地いっぱいに建っている。だが、乱歩が見た煉瓦塀はそのまま残っている。
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(写真)古いレンガ造の門柱。その横には、これも昭和初期のものと思わせる新聞受けが口を開けている。

<<煉瓦塀の空家までは、そこから墓地を通りぬけて二丁あまりの距離であった。
彼は用心深く、他人が見たら、彼自身が黒い物の怪(もののけ)のように感じられることだろうと思いながら、わざとその物の怪の歩き方をして、破れた煉瓦塀の前にたどりついた。眼が闇に慣れるにしたがって、星空の下の墓地や建物が、うっすらと見分けられた。
その煉瓦塀は、ところどころ煉瓦がくずれていた上に、むかし門扉があったとおぼしき個所が、大きく、何かの口のようにひらいて、その内部は、一面に足を埋める草叢(くさむら)であった。
(略)
三時間ほどにも感じられた闇の中の二十分が、やがて経過したころ、正面のまっ黒な家屋に、縦に長い糸のような線が三本、クッキリと現われた。誰かが屋内にともし火をつけたのだ。それが雨戸の隙間から漏れているのだ。相川青年は、ほとんど這うようにして、まるで一匹の黒犬の恰好で、その光を慕って近づいて行った。そして、注意深く内部のけはいをうかがった上、一ばん太い雨戸の隙間に眼を当てた。雨戸のほかに障子もない荒屋(あばらや)なので、八畳ほどの部屋の向こうの襖(ふすま)まで見通しであったが、隙間の幅が狭いために、左右は限られた範囲しか見ることができなかった。先ず眼に入ったのは、はだかロウソグらしい赤茶けた光に、チロチロと照らされている正面の襖と、その表面一ばいに映っている、巨人のような人間の、鳥打帽子らしいものをかぶって、目がねをかけている横顔であった。それが焔のゆれるにつれて、伸びたり縮んだりしながら、異様に大きな唇を動かして、物を言っていた。>>
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(写真)縛られて、弄ばれている・・・「えっ、マジ?、ダメよ、やめて」と哀願するModelはHちゃん。

<<「さあ、縄を解いてやったんだから、そうピグピグしていないで、もっとまん中へ出てくるがいいじゃないか。姉さん、お前寒いのかい。いやに震えているね。ハハハハハ」
雨戸を隔てているためか、その声は陰にこもって異様に物凄く聞こえた。
・・・・今度は女の胸から腰にかけて、胴体の一部が区切られて見えることになった。その胴体が俯伏せになって、観念したもののように、じつと動かないでいた。艶々として恰好のいいからだだ。秋のはじめではあるが、こう丸はだかにされては耐らないだろうと、痛々しかった。
(略)
相川青年は、ほとんど、一刹那ではあったが、女の全身を見ることができた、アッと叫びそうになる「あれは春川月子だ」
どんな春川ファンもまだ見たことのない、彼女の全裸の姿を、どんなシナリオもまだ考え出したことのない、陰惨奇怪な場面を、彼はいま見届けたのだ。>> 

「江戸川乱歩全集第8巻 妖虫」1979年講談社より抜粋。
「妖虫」は文庫化されており、創元推理文庫1994年3月刊で読める。

麻布竜土町 明智探偵事務所をさがしてhttp://zassha.seesaa.net/article/381667672.html
名古屋・栄 白川尋常小学校跡 江戸川乱歩 「私の履歴書」よりhttp://zassha.seesaa.net/article/443495724.html
posted by y.s at 13:25| Comment(0) | 本郷・谷中・根津・千駄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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