1924年(大正13年)3月に、三高(京都)を5年がかりで卒業した梶井は、親友の中谷孝雄・外村茂(後に繁)と共に上京し、大学のある本郷で、最初の下宿(本郷3丁目の蓋平館支店)に入居する。同年12月には、中目黒の下宿に移転。翌年(大正14年)1月に、梶井の生涯の代表作となる「檸檬」(れもん)を、中谷・外村らとともに創った同人誌「青空」(創刊号)に発表する。創作活動に行き詰り、神経衰弱が昂じる中、5月31日に移転した下宿が、この飯倉片町の堀口方であった。
移転半月後の1924年(大正14年)6月16日に「泥濘」を脱稿。8月上旬から東大の夏休みを利用し、外村・淀野隆三と京都の宇治へ旅行する。さらに実父と連れだって道後温泉へ。9月初旬になって東京に戻ってくる。10月7日、短編「路上」を脱稿。11月に「橡の花」を発表。
1926年(大正15年)、外村の住所に置かれていた同人誌「青空」の発行所を、3月1日付けで梶井の下宿(堀口方)に移転させる。4月になって、東向きの窓から眺められる島崎藤村宅を、初めて外村と連れだって訪問。同人誌「青空」を藤村に献じる。8月に「ある心の風景」を発表するが、この頃より病状が悪化して血痰を度々見るようになる。堀口方に詩人三好達治を誘い、10月に入って三好は隣室に引越してくる。12月末に三好の勧めで伊豆・湯ヶ島温泉を療養の為訪れる。
翌1927年(昭和2年)、同温泉で川端康成の知遇を得て、「伊豆の踊子」の校正に加わる。6月、同人誌「青空」を全28号をもって廃刊。東京の堀口方に再び戻るのは、翌年(昭和3年)の5月上旬になってからであった。この間、東大文学部は、昭和3年3月31日付けで除籍処分になっている。
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短編「ある崖上の感情」は、「文芸都市」誌の昭和3年7月号に発表。この崖上の下宿(堀口方)で最初から推敲・執筆された作品ではない。大正15年7月に大阪阿倍野の実家で、新潮社の依頼で書けずに放棄した作品ではないかと推察されている。
新潮文庫の創作集「檸檬」に収められた「ある崖上の感情」から抜粋。
<<「その崖の上へ一人で立って、開いている窓を一つ一つ見ていると、僕は何時(いつ)でもそのことを憶(おも)い出すんです。僕一人が世間に住みつく根を失って浮草のように流れている。そして何時もそんな崖の上に立って人の窓ばかりを眺めていなければならない。すっかりこれが僕の運命だ。そんなことが思えて来るのです。――しかし、それよりも僕はこんなことが云いたいんです。つまり窓の眺めというものには、元来人をそんな思いに駆る或るものがあるんじゃないか。誰でもふとそんな気持に誘われるんじゃないか、と云うのですが、どうです、あなたはそうしたことをお考えにはならないですか」もう一人の青年は別に酔っているようでもなかった。(略)>>
昭和3年5月上旬、梶井は堀口方に再度戻り、「ある崖上の感情」を仕上げている。7月23日には堀口方を引き払い、杉並・和田堀の松ノ木町にあった中谷孝雄の借家に移り、同居を始める。高熱・血痰の症状は続き、衰弱が著しくなり、中谷ら友人の説得で、9月3日に実家(大阪・阿倍野)に戻り静養する。
その後、梶井は病弱な母親の介護に携わるまで回復する。だが病魔(肺結核)は梶井の身体を虫食み、1932年(昭和7年)3月24日に母親らに看取られ逝去する(実家近くに借りた住吉区王子町2丁目13番の家で)。梶井が下宿した堀口方は、飯倉片町一帯を襲った昭和20年の米軍の空襲で、島崎藤村が長年生活した2階建て木造の借家ともども灰燼に帰している(「東京都35区区分地図帳」昭和21年刊より)。
参考
「年表作家読本 梶井基次郎」1995年刊。
「梶井基次郎 日本文学アルバム」1985年刊。
梶井基次郎リンク
京都 丸太橋加茂磧 梶井基次郎「ある心の風景」より http://zassha.seesaa.net/article/431707460.html?1494601854
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