乃木坂倶樂部
十二月また來れり。なんぞこの冬の寒きや。
去年はアパートの五階に住み荒漠たる洋室の中壁に寢臺(べつと)を寄せてさびしく眠れり。
わが思惟するものは何ぞや すでに人生の虚妄に疲れて 今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。
我れは何物をも喪失せず また一切を失ひ盡せり。
いかなれば追はるる如く歳暮の忙がしき街を憂ひ迷ひて晝もなほ酒場の椅子に醉はむとするぞ。
虚空を翔け行く鳥の如く 情緒もまた久しき過去に消え去るべし。
十二月また來れり なんぞこの冬の寒きや。
訪ふものは扉どあを叩のつくし われの懶惰を見て憐れみ去れども
石炭もなく煖爐もなく 白堊の荒漠たる洋室の中 我れひとり寢臺に醒めて
白晝もなほ熊の如くに眠れるなり。
殺せかし! 殺せかし!
いかなればかくも氣高く 優しく 麗はしく 香はしく すべてを越えて君のみが匂ひたまふぞ。
我れは醜き獸けものにして いかでみ情の數にも足らむ。
もとより我れは奴隷なり 家畜なり
君がみ足の下に腹這ひ 犬の如くに仕へまつらむ。
願くは我れを蹈みつけ 侮辱し 唾つばを吐きかけ また床の上に蹴り きびしく苛責し
ああ 遂に――わが息の根の止まる時までも。
我れはもとより家畜なり 奴隷なり
悲しき忍從に耐へむより はや君の鞭の手をあげ殺せかし。
打ち殺せかし! 打ち殺せかし!
荒廃と寂寥の心情が吐露された一篇です。詩人としての評価を決定づけた1917年(大正6年)2月刊行の第一詩集「月に吠える」、続いて1923年(大正12年)1月に上梓された詩集「青猫」によって、日本の口語詩表現の領域を大幅に拡大させ「口語自由詩の確立者」と称されるに至った萩原朔太郎。
「乃木坂倶樂部」の<去年はアパートの五階に住み荒漠たる洋室の中壁に>の「去年」とは、第一詩集の発表から12年後の1929年(昭和4年)の12月のこと。44歳の朔太郎は、家庭の不和(離婚)による精神的な苦悩と生活の荒廃の中、苦渋の年の瀬の日々をアパート乃木坂倶樂部で送っている。前年(1928年)からの稲子夫人の所業(男狂い)により、7月初旬には離婚を決意(10月14日付けで協議離婚届出)し、馬込(現・大田区)の家を引き払い、2児を伴って前橋(群馬県)の実家に帰っている。朔太郎の人生で最も苦渋に満ちた悲痛な日々となった時期です。10月下旬に至って上京の決意をし、11月14日に単身で<赤坂区檜町6番地(現在の港区赤坂8丁目 10番地か?)のアパート「乃木坂倶楽部」の2階28号室に入居>する。三好達治(世田谷代田に居住時代も近辺に住む)が探し出した「乃木坂倶楽部」は、近代的で高級なモルタル2階建ての大降りなアパート(メント)であったという。詩中の<去年はアパートの五階に住み>の5階は虚構だ。上京後、朔太郎は、辻潤(大杉栄と共に虐殺された伊藤野枝の女学校時代の語学教師であり元旦那)らとの交友も復活させている。詩集の「詩篇小解」(朔太郎自らの解説)に<乃木坂倶樂部>を語っている。
<<乃木坂倶樂部は麻布一聯隊の附近、坂を登る崖上にあり。我れ非情の妻と別れてより、二兒を家郷の母に托し、暫くこのアパートメントに寓す。連日荒妄し、懶惰最も極めたり。白晝はベットに寢ねて寒さに悲しみ、夜は遲く起きて徘徊す。稀れに訪ふ人あれども應へず、扉に固く鍵を閉せり。我が知れる悲しき職業の女等、ひそかに我が孤窶を憫む如く、時に來りて部屋を掃除し、漸く衣類を整頓せり。一日辻潤來り、わが生活の荒蕪を見て唖然とせしが、忽ち顧みて大に笑ひ、共に酒を汲んで長嘆す。>>
あの辻潤が「荒蕪を見て唖然とせしが」のフレーズに驚いてしまう。辻潤の荒蕪しきった生活ぶりを知っている者には、その程度がわかりすぎる程理解できる・・・。
この「麻布一聯隊の附近」で「坂を登る崖上」にあるアパートメントについては、朔太郎の長女・萩原葉子の随筆集「父・萩原朔太郎」(1959年刊)においてもまったく触れられていない。参考になる「新潮日本文学アルバム」でも写真は掲載されていない。
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山脇高等女学校寄宿舎の旧門跡から南方向 手前が寄宿舎跡 奥にモルタル二階建の乃木坂倶樂部があった
参考
「現代詩読本 萩原朔太郎」思潮社1983年
「新潮日本文学アルバム 萩原朔太郎」新潮社1984年
萩原朔太郎リンク
鎌倉坂ノ下 萩原朔太郎の海月楼跡 http://zassha.seesaa.net/article/198000356.html
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