2014年01月21日

京都 寺町通 基中堂 水上勉「京都花暦」より

御池通から寺町アーケードに入り、本能寺の山門を左に見て60mほど進むと、仏教書専門の古書肆・基中堂が見てくる。1930年(昭和5年)に、名古屋の基中堂本店の京都支店として開業したのだが、名古屋本店はすでに閉店しており現存しない。開業当初は、現在の寺町通のアーケードは設置されてなく、姉小路通が交差する手前から鉄筋コンクリート造り3階建て建物の全体が見渡せていた。切妻屋根(瓦葺き)をのせた和洋折衷の建物は店舗棟であり、裏側(西側)には中庭を間にして木造の和館が配されている。竣工は開業年と同じ1930年。設計は八木清之助。施工は大林組。
水上勉の随筆「京都花暦」に収められた<寺町通り>の章に、この古書肆について述べている箇所がある。
<<いまの「ひるげえと」ギャラリィは、カレーライスが評判のグリルだった。同じような構えのコーヒー店「スマート」は今でも営業しているが、その二、三軒隣りが「基中堂」(きちゅうどう)である。基中堂は、仏教書専門の古書肆で、名物番頭の森先さんがいた。コーヒー店と似たカウンターの内側に横積みされた和綴書(わとじしょ)が棚に入っていて、一冊一冊に和紙こよりの短冊がはさんであったのもなつかしいが、この番頭さんを、西田幾太郎も鈴木大拙も、玄関から迎えたそうである。>>P123より抜粋。
*西田幾太郎=哲学者・京都大学教授1870年〜1945年
*鈴木大拙=禅文化を海外に伝播した仏教哲学者1870年〜1966年
*ギャラリィ「ひるげえと」は、別項を作る予定です(水上勉の筆になる板看板が吊るされている)
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軒上の高欄に卍崩し模様の組子(骨組みの意) 腰組には法隆寺金堂にみられる人字形割束(下端が2つに割れて人字形)がみられる
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2階部分は書庫として使用されており、3階は接客用の和室(座敷)と居間(2間有り)にあてられている 店舗外側に置かれている書物台(ワゴン)には一般書が販売されているため、普通の古書店と思い込んでしまう 店内に一歩入ると仏教の専門古書が天井に達するまで積まれており圧倒される
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参考
「京都花暦」水上勉 1998年刊
「京都の近代化遺産」2007年刊
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posted by t.z at 23:55| Comment(0) | 京都kyoto | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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