2014年02月02日

大阪 道頓堀 いづもや 織田作之助「夫婦善哉」より

1940年(昭和15年)4月に同人誌「海風」に発表された織田作之助の短編「夫婦善哉」に登場する「出雲屋(いづもや)」を巡ってみました。「夫婦善哉」新潮文庫版からの抜粋。
<<道頓堀相合橋(あいおいばし)東詰「出雲屋」のまむし、日本橋「たこ梅」のたこ・・・(略)・・・新世界に二軒、千日前に一軒、道頓堀に中座の向いと、相合橋東詰にそれぞれ一軒ずつある都合五軒の出雲屋の中でまむしのうまいのは相合橋東詰の奴(やつ)や、ご飯にたっぷりしみこませただしの味が「なんしょ、酒しょが良う利いとおる」のをフーフー口とがらせて食べ、仲良く腹がふくれてから、法善寺の「花月」へ春団治の落語を聴きに行くと、ゲラゲラ笑い合って、握り合ってる手が汗をかいたりした。>>P12〜P14
*「まむし」とは関西圏で広義に「鰻どんぶり」の意。うなぎをご飯の間に入れて蒸すことから「間蒸す」、又はうなぎをご飯に「まぶす」ことからともいわれている。
「いづもや」は、1876年(明治9年)に看板を掲げて以来、安売りの「十銭まむし」屋として人気を集め大繁盛する。織田作が「夫婦善哉」を執筆した頃には<都合五軒の出雲屋>とかなり縮小傾向にあったようだ。新世界(通天閣周辺)の2軒は資料が見つけられず場所を特定できないでいます。千日前の1軒(閉店)は、数十年間この店で働いていた方が船場に移って独立開業(ご夫婦で)しており、閉鎖した経緯も伺うことができました。道頓堀の「中座の向い」(中座前いづもや=西櫓町101番 電話南1408)と「相合橋東詰」(相合橋いづもや=東櫓町26番 電話南506)は、昭和13年版の南区(現在は中央区)詳細地図と「道頓堀街並みイラスト一覧」、戦前の大阪市電話簿で確認してます。
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(左写真)「うまいのは相合橋東詰の奴」と織田作が書いた相合橋いづもや跡=角地の赤いビル 右は「ちくま日本文学035 織田作之助」筑摩文庫版のカバー「いづもや」イラスト

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「なにわ難波のかやくめし」巻末収録の地図(「大阪春秋」掲載地図もこの本から)と「道頓堀イラストマップ」を参考に作成
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現在ではたった1軒の「いづもや」になっている船場店で メニューには「うなぎ」の文字のみで「まむし」は死語!? (右写真)「道頓堀に中座の向いと」と織田作が書いた「中座前いづもや」跡 中座から見て右斜め前で 写真の丁度中央付近の明るい辺りに「いづもや」があった
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(左写真)左先角が 千日前店跡 さらに左先奥が大阪劇場跡(地下に織田作が通った将棋倶楽部があった) 右に曲がった所にはなじみの喫茶店「花屋」があった 撮影している場所は波屋書房前 この周辺は織田作が連日 歩き回っていた場所です (右写真)船場の地下レストラン街の「いづもや」

*「うなぎ いづもや」 中央区船場中央1-4-3 船場センタービル3号館地下2階の北通り側
定休日 日曜 営業時間 11時〜21時 2009年8月開業 
参考
「なにわ難波のかやくめし」東方出版1998年刊
「モダン道頓堀探検」創元社2005年刊
「大阪市南区詳細地図」昭和13年

織田作之助リンク
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posted by y.s at 12:53| Comment(2) | 大阪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お忙しいところ申し訳ありません。
以下、お教えください。

大阪の「出雲屋」について調べていて、このページにたどり着きました。
私の調べでは、<都合五軒の出雲屋>とは、「中座前」「新世界恵・美須町角」「通天閣前」「千日曲・南海通角」「相合橋南詰」の5店です。
この5店が、今は「いづもや船場店」として続いているのでしょうか?。
Posted by 池田 陽一 at 2017年05月06日 11:34
本文中にある通り南海通角店閉鎖後に、その店で長年働いていた方が独立開業した店が船場店で、ほかの4店とは無関係です。南海通角店閉鎖の理由は、当然ながら客足の衰えです。問い合わせ有難うございました。
Posted by 管理人 at 2017年05月06日 12:42
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