2014年05月05日

奥沢 直木賞作家・渡辺淳一氏 逝去

2014年4月30日(水曜)午後11時42分、世田谷区奥沢1丁目の自宅で直木賞作家・渡辺淳一氏が逝去された。80歳。病名は前立腺癌。発表は本日(5日)午後で、すでに葬儀・告別式は親族で行われている。喪主は妻の敏子(としこ)さん。(新聞各社ニュース速報より*住所は記載無し) 
watanabe01.jpg  watanabe02.jpg
(左写真)昭和53年1月、中野区鷺宮から世田谷区奥沢の新築戸建てに移転。この家(写真右側)が終焉の地となった。同時に渋谷公園通りに執筆デスク兼事務所を設け、人気作品「化粧」を発表(「週刊朝日」昭和54年4月13日号より連載開始)する。(右写真)渡辺淳一氏の作品群の一部
   watanabe03.jpg   watanabe04.jpg
渡辺氏は、昭和8年10月24日に北海道空知郡砂川町字上砂川3番地、炭鉱の町に生まれた。父親(教員)の赴任地であった。その後、旭川を経て、11歳の時に札幌に移住。昭和21年4月に札幌第一中学に入学(現・札幌南高校)。昭和27年4月、北海道大学理類に進学し教養課程(2年)を終了。札幌医科大学医学部に進む。この医学部時代に文学同人誌「くりま」に参加し、初期の作品群を執筆。昭和34年6月に医師国家試験に合格する。以降、札幌医科大学整形外科学教室で講師を務めるが、日本初となる心臓移植手術(和田教授)に対し内部批判を展開する。昭和44年4月、大学を辞職し、東京に移転。同5月に墨田区石原2丁目に落ち着く。
(左右写真)東京で最初に勤務した石原2丁目の「山田記念病院」 住まいも病院に隣接したマンションであった
watanabe05.jpg  watanabe06.jpg
(左右写真)昭和45年4月、東急東横線都立大駅近くの「都立大第2コーポラス」に移転。このマンションで、小説「光と影」の第63回直木賞受賞(同年7月)の知らせを聞く。以降、文筆1本の生活を送り始める。
watanabe07.jpg   watanabe08.jpg
(左右写真)昭和47年、2年足らずで都立大学(八雲)から中野区鷺宮6丁目の一戸建て住宅に移転した(建物はボカシ処理)。 6年後の昭和53年1月に終焉の地となった奥沢の閑静な高級住宅地の一画に移住したのだ。

「渡辺淳一文学館」札幌市中央区南12条西6丁目414(中島公園近く)
http://www.ac.auone-net.jp/~bungaku/
参考
「渡辺淳一 ロマンの旅人 北海道文学ライブラリー」北海道新聞社1997年刊
「渡辺淳一の世界U」集英社2008年刊
 
*速報段階なので、詳細が判明次第に追加・修正します。

【関連する記事】
posted by t.z at 23:22| Comment(0) | 東京北西部tokyo-northwest | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。