2014年08月19日

町田 高原書店と作家三浦しをん エッセイ集「妄想炸裂」より

直木賞作家・三浦しをん(女性)が、作家デビューと重なる時期(約2年余)に勤務していた古書店を、エッセイ集「妄想炸裂」の各章のエピソードより紹介。
当時、町田市に在住していた三浦しをんの様々な体験は、29歳で受賞した直木賞作品「まほろ駅前多田便利軒」をはじめ、多くの小説・随筆に文字として散りばめられている。なお、三浦しをんが勤めていた当時の高原書店は、移転しており現存していない。高原書店跡の写真に、彼女のエッセイ集「妄想炸裂」(2001年7月刊)に収められたエピソードを重ねてゆく。
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(左写真)旧高原書店が入居していた小田急線町田駅前のPOPビル(手前線路は小田急線) (右写真)POPビル1階(エッセイに書かれた4階の「宅建取得専門学校」(=日建学院)は退去している)
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(左写真)POPビル1階から3階(旧高原書店フロア)まではエレベーターが設置されている。(右写真)POPビル3階旧高原書店入口(シャッター位置)から階段踊り場。壁が崩壊した所と想定。日○研は現在も同じ階(5階)に入居している。
<<アルバイト先の古本屋のあるビルには、階下には居酒屋、上の階には宅建取得専門学校、予備校、日能○などが入っている。
数ヶ月前から、階段の踊り場の壁が崩壊しはじめた。最初はこぶし大の穴があいていたのだが、それがみるみるうちに大きくなり、ついには人間の背丈ほどの大穴になった。
(略) 真犯人を捕まえるために、店のシャッターを下ろしてから、じっと息を殺して階段の気配をうかがった。すると、上の階から水牛の群の大移動のごとき雄叫びと足音が響きだした。○能研の子供たちが授業を終えて階段を駆け下りてきたのだ。同時に、閉まったシャッターの向こう側で、壁を殴ったり蹴ったりしている音がする。私たち古本屋のアルバイト連中は、防火扉をドカーンと開け、「こるぁ!悪ガキどもめがぁ!」と飛び出した。(略) とにかく、犯人は日○研のガキと判明し、管理人の爺様と対応を協議したが、やはり犯行現場を取り押さえ、弁償させるしかないようだ。>>「四角い世間を教えたい」(「草思」2001年3月号初出)より
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(左写真)旧高原書店は3階フロアを占めていた。現在は、スガナミミュージックサロン町田が3階フロアに入居している。(右写真)旧高原書店内部。左端に2階から上がってくる専用エスカレーターが見える。廊下部分にも書棚が並べられていた。業務用エレベーターは突き当たりを左に曲がった所にある。
*スガナミミュージックサロン町田の教室内であり、無断立ち入り禁止。撮影位置の後ろにフロントデスクがある。スガナミミュージックサロンさんから内部撮影と掲載の許可を得ています。スガナミミュージックサロンと連呼しているのは、心よく許可を頂けたため。

<<実は、あんちゃんと私は某古書店で、ヴィンテージ漫画と同人誌の値付け担当をしている。往来ではあまり暴露されたくない職業であるが、オタクアイテムの値付けは、趣味と実益をかねた楽しい仕事だ。おかげさまで、あんちゃんと私は適材適所との呼び声も高い。あんちゃんは週に三回(推定)は「まんだ○け」に行っている。私も昔は「まんだら○」を心のオアシスにしていたものだ。>>「人はパンのみにて生きるにあらず」(「しをんのしおり」2000年6月18日初出)より
日○研のガキと悪戦苦闘を続ける三浦しをんだが、古書店での業務は「趣味と実益をかねた楽しい仕事」であったようだ。

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(左写真)「管理人の爺様」が詰める現・警備室。業務用出入口。写真右奥側に業務用エレベーターがあり、三浦しをんも勤務の入退に利用していた。(右写真)「○能研のガキどもが遊んでいた」業務用エレベーター。
<<はあ、今日も一日よく働いた。帰るっぺかなあ、とエレベーターを呼んだのだが、待てど暮らせどやってこない。また○能研のガキどもが業務用エレベーターで遊んでいるのだ。くっそー、時給労働者の恨みを知れ、この扶養家族めが!と毒ずいていると、クスクス笑うガキが詰まったエレベーターがチ−ンと開き、「やーい、オバサンー」という捨てぜりふと共にチーンと閉まった。>>「四角い世間を教えたい」(「草思」2001年3月号初出)より

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(左写真)2001年冬、「寒風吹きすさぶ店外で均一セールの店番」をしていた1階のオープンスペース (右写真)三浦しをんが勤めていた旧店舗と移転した現店舗を赤○表示。

<<さて、独り寝を堪え忍ぶ寒い夜から解放された私は、よりいっそう張り切ってアルバイトに通っております。そして、「今日もまた、家に帰れば電気毛布とのあったかーい一夜が待っているのね、ぐふふ」などと新婚ホヤホヤみたいに浮かれながら、寒風吹きすさぶ店外で均一セールの店番をしていた。すると、一人のおばさんが現れたのだ。(略)>>「悪い男」(「しをんのしおり」2001年1月29日初出)より

高原書店&三浦しをん 略歴
1974年(昭和49年) 町田市にて高原書店創業オープン(旧市役所庁舎近辺)
1976年(昭和51年)9月23日 三浦しをん誕生 東京都世田谷区生まれ 血液型A 乙女座
1985年(昭和60年)(株)高原書店本店移転オープン・法人化(資本金1千万円) 
         町田駅北口前POPビル内(旧みどりやビル)町田市森野1-37-1
         営業時間10時〜20時30分 定休第3水曜
            *NTTタウンページ町田相模原版2000年5月より
1995年(平成7年)3月横浜雙葉高校卒業(横浜市中区山手町・カトリック系中高一貫の私立女子校)
         4月早大一文入学(演劇専修に)
1999年(平成11年)3月早大卒業 外資系出版社で事務アルバイト
         7月頃 小田急線町田駅北口前の古書店高原書店に勤務(アルバイト)
2000年(平成12年)4月 長編小説第1作「格闘する者に○」草思社より刊行
2001年(平成13年)6月1日 高原書店移転 現在地の町田市森野1-31-17に
              営業時間10時〜20時  定休日 第3水曜日  
         7月 エッセイ集「妄想炸裂」新書館より刊行
         この頃 高原書店辞める(アルバイト)
2005年(平成17年)12月7日 高原書店経営者高原坦氏逝去(61歳心筋梗塞)
           1階通路にスーツ姿の高原坦氏のパネルが飾られている。   
2006年(平成18年)妻高原陽子が後任の代表取締役に就任 
       8月「まほろ駅前多田便利軒」文藝春秋社より刊行
          *2006年度上半期の第135回直木三十五賞受賞作品
2009年(平成21年)10月「まほろ駅前番外地」文藝春秋社より刊行

2011年(平成23年)4月23日 映画「まほろ駅前多田便利軒」公開
        小田急線町田駅北口前から北に延びる通りを「まほろ横丁」と命名
        9月 「舟を編む」光文社より刊行
2012年(平成24年)4月 「舟を編む」第9回本屋大賞に選出
2013年(平成25年)4月 映画「舟を編む」公開
         10月「まほろ駅前狂騒曲」文藝春秋社より刊行
2014年(平成26年)10月18日 映画「まほろ駅前狂騒曲」公開

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(左写真)2011年、映画「まほろ駅前多田便利軒」公開にあわせて、高原書店が主導し、小田急線町田駅北口前から北に延びる通りを「まほろ横丁」と命名。(右写真)三浦しをんの退職と前後して本社移転した現店舗ビル。
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(左写真)現店舗の入り口。右部分の庭に置かれたワゴンで分厚い全集等の50円セール(毎月1日〜10日限定)が行われる。通常でも100円均一だ。 (右写真)店内各階は項目別配置。1階の絶版漫画が置かれている部屋が楽しい。休憩用ベンチも置かれている。
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(左写真)三浦しをんコーナーに掲げられている直筆サイン(2006年7月)  (右写真)参考にしたエッセイ集「妄想炸裂」新書館2001年7月刊

高原書店HP http://www.takahara.co.jp/
*最新情報 2014年8月23日〜31日まで「夏の古書20%オフセール」を本店で開催(ネット販売は対象外) チラシに200円割引券付き

写真撮影2010年3月(一部2014年)
リンク
町田 映画「まほろ駅前狂騒曲」を歩いてhttp://zassha.seesaa.net/article/407124543.html
posted by y.s at 18:43| Comment(0) | 東京郊外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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