2015年01月11日

吉行あぐりさん 逝去

吉行あぐりさんが逝去された(本名は漢字で安久利)。
夫・吉行エイスケ(本名は栄助、ダダイスト・詩人)、長男吉行淳之介(芥川賞作家)、次女吉行理恵(芥川賞作家・詩人)らが集う遠い空の彼方へ2015年1月5日未明に旅立たれた。107歳。葬儀は近親者のみで終えられている。喪主は、長女で女優の吉行和子さんだった。
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(左写真)「あぐり美容室」(1階奥)があった五番町グランドビル。夫吉行エイスケ氏が戦前に求めた土地であり、木造二階建ての「あぐり美容室」が最初に建てられた場所である(ビル玄関よりやや坂下の位置)。写真右端に理髪のサインポールが見えるが、閉店した「あぐり美容室」の場所にそのまま入居した理容室の看板。90歳を過ぎてからは馴染み客に限って予約を受け付けていたという。閉店は2005年。閉店直後の2006年3月撮影。営業中の写真を撮れなかったことが悔やまれる。 (右写真)市ヶ谷新坂の自宅マンション。美容室の斜め向い側に長年にわたって住まわれていた。
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(左写真)岡山県御津草生(みつくそう)の吉行エイスケ家へ向うJR岡山駅ホーム。あぐりさんも目にした光景だ。 (右写真)松本安久利(旧姓)が通学していた県立第一岡山高等女学校跡(現在は県立岡山操山高校、岡山市中区浜412)。在学中の1923年に吉行エイスケと15歳で結婚。*操山の読みは、そのまま「そうざん」。
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(左写真)岡山県御津草生(みつくそう)の吉行家へ向う道。中央の岐道を上った右奥に屋敷を構える吉行家に嫁いでいった。(右写真)左写真の左手方向にある小高い丘にある吉行本家の墓地。墓誌は読み難いが吉行エイスケ、吉行淳之介氏が葬られている。あぐりさんは一度、再婚(辻姓になった)したため吉行本家の墓地には迎えられない身となった。
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(左右写真)あぐりさんのために生前に建てられた青山・特報寺の墓。岡山の吉行本家の墓域から土を運び、分骨(夫エイスケと長男淳之介のみ)している。次女吉行理恵(本名は理恵子)さんが先に葬られることになってしまった。 
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(左写真)テレビ番組撮影終了後に撮った女優吉行和子とスタッフの記念写真。管理人も写っている。右は「あぐり 95年の奇跡」文庫本から、あぐりさんと長女和子さんが並ぶ帯写真。

吉行家リンク
「岡山 作家・吉行淳之介の墓」http://zassha.seesaa.net/article/346550974.html
「北青山 特法寺 吉行家の墓地」http://zassha.seesaa.net/article/312370517.html
「市ヶ谷 あぐり美容室(閉店)」http://zassha.seesaa.net/article/17595273.html
「世田谷 作家・吉行淳之介 終焉の地」http://zassha.seesaa.net/article/387061049.html
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posted by t.z at 07:25| Comment(0) | 東京北西部tokyo-northwest | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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