作者は1996年に「蛇を踏む」で芥川賞を受賞した川上弘美(1958年東京都生まれ)。第6篇「通天閣」からニシノユキヒコ31歳の恋愛ストーリーを抜粋。
<<あたしね、お金ためたいんだけど。たまらなくって。昴がいった。ためてどうするの。ニシノが聞く。通天閣のそばに住むの。昴は紅茶をすすりながら答えた。ニシノがいれてくれた紅茶だ。昴はいつも熱いミルクをたっぷり注いでから紅茶を飲む。
なんでまた、通天閣。ニシノも紅茶をすする。
「通天閣ってさ、昔はパリの凱旋門とエッフェル塔をくっつけたようなデザインだったんだよ」昴が説明する。この話は、昴の得意とする話だ。
「凱旋門の上に、エッフェル塔がのっかってるんだ」
すごいね、とニシノが感心する。すごかったんだよ、と昴が頷く。でも火事で焼けちゃった。今の通天閣は二代目。
「なんで通天閣のそばに住みたいの」ニシノは聞いた。
「だって、かっこいいじゃん」昴が答えた。
「東京タワーのそばだっていいのに」わたしが小さな声で言うと、昴は首を横に振った。
「東京タワーって、なんかさみしい」
そうかな。さみしいかな。ニシノは言う。さみしくないよ。わたしと二人で住めば、東京タワーのそばだってどこだって、さみしくなんかないよ。わたしも言う。声には出さずに。頭の中だけで。・・・(略)>>
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もういちど昴の髪を撫でたいな、とわたしは思った。ニシノはまだまっすぐ前を向いている。ニシノとももう会うことはないんだろうな。次に思った。それから、通天閣のことを想像してみた。わたしも通天閣を見たことがない。にぎやかで、あかるくて、よく灯っているタワーを想像してみた。タワーのてっぺんで笑っている昴の姿も。>>
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