<< お母さんをむりやり立たせて、ほとんど寝間着のままでふたりでタクシーに乗り込み、下北沢を目指した。何回か友達と行ったことがある、私の知っているいちばんおいしいかき氷があるお店レ・リヤンを思い描きながら。お店のドアをあけたとたんに冷たいクーラーの風と熱気が混じり合って、なんともいえないまだらな感じがきゅっと体をとらえた。私たちはいちばん奥の窓辺の二人がけの席にどちらからともなく座り、ため息を同時についた。 (略)
夏が終わり、かき氷の季節が終わり、秋が来て、冬になっても、私たちはレ・リヤンに行った。
店のある建物、露先館の角にある大きな桜の木に花が満開になる頃には、お母さんも私も普通に飲んだり食べたりできるようになっていた。 >>
(ピュアロード入り口に並ぶレ・リヤン=茶沢通り沿い角の三角窓のある二階家と店に寄り添うように枝を拡げる桜の大木。露先館こと露崎商店は角から2軒目のレトロな建物。携帯撮影2007年。)
<< だから、一人暮らしと同時にためらいなくレ・リヤンで働き始め、それをとにかく生活の中心にしようとすぐそばに部屋を借りたのは、私にとって当然のことだった。
(略)
夜中の街の空気は澄んでいた。胸一杯に冷たい空気を吸い込んだ。体に残っている熱が奪われるのが切なかった。タクシーに乗って、私は言った。なにかを大丈夫にする呪文のように。
「下北沢まで、お願いします。」
胸がいっぱいすぎて何も考えられず、私は茶沢通り沿いの駅の入り口のところでタクシーを降りた。>>
(下北南口前は道幅が狭く歩行者も多いため夜でも茶沢通りの駅入口信号でタクシーを下車するのが慣例となっている。深夜早朝は除く。まさにその場所で信号待ちの間に携帯でパチリしたもの。2003年撮影と年代物)
<< なによりも体中がまだ山崎さんの体のぬくもりでいっぱいだった。それをそっと宝物のように抱いて、私はあずま通りを抜けていって王将の前に出た。王将はこうこうと明るく活気に満ちて、たくさんの人たちがごはんを食べていた。それをガラス越しに見ると、いい気分になる。 >>
(スパイス使いがぬるいカレー屋に入るなら安定の王将・・と呟きながら時々はいる店)
<< 私は左に折れてもう一回茶沢通りに出て、お店があった場所に行った。真っ暗になっているが、まだ建物は残っていた。もうすぐ空き地になって、桜も切られてしまう。あんなに美しく夜道を彩っていた命が消えてしまう。 >>
(よしもとばなな氏と同じ頃に確認のため訪れた時の撮影。立退きの張紙が・・・)
<< 私が毎日あけたあの木の重い扉ももうすぐこの世からなくなる。>>
文庫版「もしもし下北沢」幻冬舎より抜粋。
経過
2008年12月31日「ブラッスリー レ・リヤンles liens」閉店。
2009年3月 古道具(アンティーク)露崎商店とともにレ・リヤン解体更地に(桜も伐採)。
2010年9月 単行本「もしもし下北沢」毎日新聞社から刊行。
2012年8月 文庫版「もしもし下北沢」幻冬舎から刊行。
参考地図
大阪難波 一芳亭のしゅうまい 吉本ばなな「ヨシモトバナナコム2」より http://zassha.seesaa.net/article/442048722.html
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