2016年10月10日

横浜山手町 娼館薔薇屋敷 立原正秋「薔薇屋敷」より

横浜山手の瀟洒な洋館が建ち並ぶ一画に、鬱蒼とした樹木に隠れるようにひっそりと麻薬窟・薔薇屋敷が佇んでいる。時代は昭和35年。主人公周二は、この娼館に出入りし、阿片と女に溺れ、爛れた日々を送る。
<< 安芸周二が、横浜の薔薇屋敷で黒人の女メアリとはじめて会ったのは、八月の末であった。淀んだ空気が充ちている暮方の部屋で、周二は、だるい頭でその黒人女を見ていた。(略) 
メアリの軀は、柔軟な鞣革(なめしがわ)を思わせた。強い体臭を消すためか、軀に香水をふってあったが、体臭と香水が入りまじって言いようのない匂がした。一口に言ってそれは動物的な脂の匂だった、ベッドにはいつもゴム製品が備えつけてあったが、メアリはその使用を嫌い、ハンドバッグから錫(すず)のチューブを取りだし、これを使ってくれ、と言った。チューブからは、薄荷(はっか)の匂がする透明なクリームが出てきた。薔薇屋敷は、中区山手町の地蔵坂の近くにあった。大きな坂から枝葉のように小道が傾斜して四方に広がっている石畳の道には、古い横浜の匂が充ちている。そんな場所の一角であった。>>
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S字に蛇行する地蔵坂。美しい坂だ。坂の途中の崖上に小説の通り木造の教会が実在する。画面中央奥の白い建物。

<< 四角い石を敷きつめた地蔵坂の途中には、横浜ハリスト正教会が建っている。その前を登りぬけて左に折れ、二十メートルほど行くと、右に切り通しの下り坂があるT字路に出る。
角に、七本の丈高い槐(えんじゅ)に囲まれた古びた二階家があり、半分ほど葉の落ちた樹間の奥に、青銅の屋根が鈍く光っている。家の北側には、高さ十メートルはあろうと思われる馬刀葉椎(まてばしい)が三本そびえている。これが、安芸と加山が五月いらい通い続けている薔薇屋敷である。道路から一メートルほど引っこんだ所が出入口で、門はない。いったいにこの辺には門のない家が多い。開港時代の開放的な名残りなのだろうか、と周二は折々考えた。家の南面の石垣の下は道路で、石垣のはずれに、庭を刳りぬいて建てた車庫があり、なかには黒塗りの旧式の乗用車が一台入っている。>>
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地蔵坂を上りきった位置から。「薔薇屋敷」に描かれる光景そのものが眼前に広がる。北面・南面とも描写の通り。モデル地には現在大きなマンションが建っている。

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20メートルほど行って切り通しの下り坂になった位置。南側から地蔵坂方向を写す。

<< 桜木町駅を降りて弁天橋を渡ると、東西にのびている銀行街の本町(ほんちょう)通りと平行した海よりに、石畳の海岸通りがある。周二は、桜木町でおりると、薔薇屋敷に行く前の一刻(ひととき)、よくこの海岸通りを歩いた。>>
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当時の終着駅桜木町。周二は右上辺の弁天橋を渡った。右が関内、奥がランドマークタワー方向。震災後に建てられた駅舎で昭和25年頃の様子。空襲による被害状況は不明。桜木町〜磯子間が根岸線として延伸開業するのは昭和39年のこと。写真は、2009年頃に桜木町駅ホーム階段の展示パネルを写したもの。

<< 海岸通りからさらに海よりにある臨港貨物線沿いの道には、樹齢四十年をすぎたプラタナスの並木が続き、途中、インド水塔やホテル・ニューグランド前を通って山下公園に至る間は、黝(くろ)ずんだ建物が並び、日本化したヨーロッパの街の一角だと言ってよい。>>
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山下公園から見た横浜を代表する老舗ホテル・ニューグランド。

<< ここのところ彼は一日おきに薔薇屋敷に通っていた。メアリに会えない日は日本の女を相手にしたが、阿片吸引が目的だった。中毒の一歩手前ではないか、という気がした。(略)
「仲よくするのはキリストの教えよ」そしてメアリは懶(ものう)い笑顔になった。それは快楽のために造られたような笑顔であった。美しい女ではなかったが、軀(からだ)のすみずみまで愛撫に敏感で、男を灼きつくす軀をしていた。細い脚とたくましい太腿、しなやかにくびれた胴、分厚い腰、よく撓(たわ)む背中、細くすんなりした全身は、二十四という年の若さからきているのかもしれなかった。歓楽のきわみにメアリはいつも、あたしをどうするの、あたしを殺すつもりなの、と英語でさけびながら彼を見あげた。>>
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<< いまでは、一日おきに阿片を吸引しないと、軽い禁断症状を来たした。症状は確実に現われた。薔薇屋敷で阿片を吸引してから五十時間後には、禁断症状のはしりである頭痛がはじまった。そのままにしておくと、やがて胸が苦しくなりはじめ、脂汗をにじませて一夜中睡れず、幻覚を見た。あまりの苦悶に、夜半に家をでて車を横浜の薔薇屋敷に走らせたこともあった。(略)
「加山はいま横浜の警察で調べられているよ」
「警察?」
「おまえが通っていた横浜の薔薇屋敷が摘発されたのだ。四日前のことだ。・・・後で新聞を見せてやろう。」
四日前の朝刊で、社会面のトップに<麻薬窟薔薇屋敷>という見出しがついていた。(略)
いまでは、終戦直後の黄金町(こがねちょう)以来、周二にとって横浜の街は、去りし日々の象徴となって生きていた。・・・・周二はいつしか睡りにさそわれて行った。そして彼は夢を見た。いちめん黒い薔薇に囲まれた薔薇屋敷が、亡霊のように霧の中に消えて行く夢を見た。>>

参考地図 桜木町周辺(戦前含む)
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参考地図 地蔵坂と薔薇屋敷
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    追加参考写真 地蔵坂坂下より薔薇屋敷を望む。

「薔薇屋敷」昭和40年9月新潮初出・「立原正秋全集第3巻」角川書店より抜粋。
posted by y.s at 13:45| Comment(0) | 横浜yokohama | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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