2016年10月28日

京都伏見 淀古城 谷崎潤一郎「盲目物語」より

淺井長政の継室(後妻)お市の方の傍ら近くに仕えた盲目の按摩弥市が、北近江の霞のなかに消え去った人々の運命を音色ゆたかにとうとうと昔語りする。
 「盲目物語」昭和6年9月中央公論初出・「谷崎潤一郎全集第13巻」中央公論社1982年刊より抜粋。

<<太閤でんかはあのお方の父御をほろぼし、母御をころし、御兄弟をさへ串ざしになされたおん身をもつて、いつしかあのお方をわがものにあそばされ、親より子にわたる二代の戀(こい)を、をだにのむかしから胸にひそめていらしつたおもひを、とうとうお遂げなされました。>>
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(4歳で両眼をうしなった男の脳裏にほのぼのと残る近江の湖の水の色・・をだに=小谷城の山腹から望む琵琶湖)
<<さういへばお茶々どのは、あのときはあれほど太閤でんかをおうらみあそばされ、「おやのかたき」とまでおつしゃっていらつしゃいましたのに、まもなくそのかたきにおん身をおまかせなされ、淀のおしろに住まはれるやうになりましたが、わたくしは北の庄のおしろ(注3)が落ちました日から、いづれさうなるだらうとおもつてゐたことでござりました。あのみぎり、ひでよし公はお市どのをうばひそこねてたいそう御氣色(みけしき)をそんぜられたさうでござりますけれども、わたくしが御前へ出ましたときは、案に相違いたしましてすこしもそのやうな御様子がなかつたばかりか、かへつてあり難いおことばさへいたゞきましたのは、お茶々どのを御らんなされましてきふにおぼしめしがかはつたのでござります。>>
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(左写真:子を宿した愛妾茶々の産所として秀吉が急遽普請を命じた城が淀城。城址と推定されるのは伏見区の妙教寺一帯。その境内に跡碑が設けられている。正確な縄張りは未確定のまま。茶々は天正17年5月17日に「捨=のちに鶴松」を産む。右写真:明治末期架橋の五番橋から見た納所川。南城堀の地名が残っている。左側が妙教寺。)

<<わたくしも、あの久坂の御陣(注2)のときまで御奉公をいたしてをりましたら、お役にはたちませぬまでも、をだにのおしろ(注1)でおふくろさまをおなぐさめ申しましたやうに何やかやと御きげんをとりむすび・・・(略)・・・おくがたのおこゑがいまでも耳にのこつてゐるがと御つしやいますか。それはもう申すまでもないこと。何かの折におつしやいましたおことばのふしべ(=ふしぶし)、またはお琴をあそばしながらおうたひなされました唱歌のおこゑなど、はれやかなうちにもえんなるうるほひをお持ちなされて、うぐひすの甲(かん)だかい張りのあるねいろと、鳩のほろほろと啼くふくみごゑとを一つにしたやうなたへなるおんせいでいらつしやいましたが、お茶々どのもそれにそつくりのおこゑをなされ、おそばのものがいつもきゝちがへくらゐでござりました。さればわたくしには太閤殿下がどんなに淀のおん方を御ちようあいあそばされましたかよくわかるのでござります。>>
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(左写真:桂川堤からの納所川と奥の五番橋。この地は元は、天正元年(1573年)8月初め(2日か)に織田信長家臣で勝竜寺城主の長岡藤孝に討ちとられた三好氏重臣・岩成主税頭左道(すけみち)の居城であった。尚、元号は7月末に元亀4年から天正元年に改めらている。「信長公記」元亀4年の巻に戦闘経緯が記録されている。右写真:淀古城の碑がある妙教寺境内)

<<あゝ、わたくしも、あれほどのおかたの御心中を知つてゐたかとおもへば、かたじけなくも右大臣ひでより公のおん母君、淀のおんかたをこの背中へおのせ申したことがあるかとおもへば、なんの、この世にみれんがござりませう。>>

注1 をだにのおしろ・・・北近江・浅井氏代々の山城小谷城。茶々の実父浅井長政は、信長に攻められ自刃し滅亡。その頸は、翌天正2年正月の岐阜の館での祝賀の宴で、どくろ盃として披露された。
注2 久坂の御陣・・・青井山にあった山城附近での陣張か?
注3 北の庄のおしろ・・・織田家重臣柴田勝家の居城。現・福井市。福井駅近くに史跡あり。湖北の賤ヶ岳(しずがたけ)で秀吉に敗れた勝家は、退却の末、正室お市の方ともども本丸で自害し滅亡。茶々ら三姉妹は救出された。
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(左写真:淀小橋跡碑。京街道が伏見道と合流し、大坂街道へと続く重要な交通要所にあった小橋。現在は想像不可能なほど地形が変わり、地名由来となった川水面の淀みを見ることはできない。右地図:江戸寛永期の淀城繪圖を参考にそれふうに作成。淀古城は文禄3年(1594年)3月、伏見城普請開始によって不要に。廃城となり破却される。)
posted by y.s at 23:13| Comment(0) | 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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