2016年11月05日

京都河原町二条 香雪軒 谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」より

<<余ノ行ク先ハ河原町二条東入ル筆墨商竹翠軒(ちくすいけん)(注1)デアル。ホテルヲ出テ五分トハカカラナイ所。店先ニ腰カケテ旧知ノ主人ト挨拶ヲ交シ、中国製ノ最良ノ朱墨一挺(しゅずみ・いっちょう)、小指大ノモノヲ金二千円デ購(あがな)ウ。外(ほか)二一万円ヲ投ジテ故桑野鉄城氏ガ所有シテイタト云ウ紫斑文(しはんもん)ノアル端渓(たんけい)ノ硯(すずり)一面。金(きん)デ縁ヲ取ッタ白唐紙ノ大型ノ色紙二十枚。>>
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<<「久シュウオ目ニカカリマセンデシタガ、相変ラズオ元気デイラッシャイマスナ」
「ナアニ、チットモ元気ナコトナンカナイヨ、今度ハ京都ヘ自分ノ墓地(注2)ヲ捜シニ来マシタ、イツ死ンデモイイヨウニネ」>>
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<<余ハ竹翠軒デ求メテ来タ硯(すずり)ヲ取リ出シテデスクニ置キ、ユックリユックリト朱墨ヲ磨ル。一挺ノ朱墨ヲ先ズ半分程磨リオロス。(中略)
「何スルモノナノ?」
「コレニ墨ヤ朱ヲ滲(し)マセテ、石ノ表面ヲパタパタ叩イテ拓本ヲ作ルノサ、僕ハ朱色デ拓本ヲ作ルノガトテモ好キナンダ」
「石ナンカナイジャナイノ」
「今日ハ石ハ使ワナイ、イシノカワリニ或ル物ヲ使ウ」
「何ヲ使ウノ?」
「君ノ足ノ裏ヲ叩カセテ貰ウ。ソウシテコノ白唐紙ノ色紙ノ上ニ朱デ足ノ裏ノ拓本ヲ作ル」 >>
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注1 竹翠軒は仮称。明治初期創業の筆商・香雪軒(こうせつけん)のこと。谷崎の度重なる注文にこたえ続けた老舗。場所は本文通りの中京区河原町二条東入ル。
注2 谷崎は自らの墓を決める経緯を「瘋癲(ふうてん)老人日記」に書いている。墓は左京区鹿ヶ谷の法然院墓地。
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谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」昭和36年11月号〜37年5月号中央公論連載初出。
昭和43年刊の新潮文庫版より抜粋。
参考 香雪軒店主(5代目)のBLOG http://kousetuken.exblog.jp/
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posted by y.s at 23:52| Comment(0) | 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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