<<駿河台の坂を上ったところのお茶の水橋と、小川町の坂を上ったところの聖橋、あの二つの橋が好きだった。サマータイムの妙に長たらしい明るい一日にくたびれて、大酔いに酔ったあげく、坂をせっせと上ってきて、お茶の水橋から神田川へ、ナンダイ、コンナモノ、と日傘を放ったり、靴を脱いで投げ捨てたりした。どっちかといえば、聖橋の方が、凭(もた)れかかった具合がよかった。>>
(写真)明治年間に架橋されたお茶の水橋上から関東大震災の復興橋である聖橋を見る。右手は外堀を埋め立てて築造されたJR御茶ノ水駅、美しいカーブを描くアーチ橋が聖橋。その奥の鉄橋に地下鉄丸の内線の電車が走っている。遠方のビル群はアキバ電気街。酔っ払い女が、日傘や靴を投げ捨てたあたりだ。2007年撮影。
(写真)聖橋。欄干にこれといって変化は見られない。
<<ある晩、聖橋の欄干のまん中へんについている飾りの凹みのところに脇腹を挟んで (冷たくていい気持なのだ)、頬杖ついて上り下りの電車の灯りを見下ろしていたら、遠くの向うの闇空に、花火が三つばかり重なって、ふうっと湧いて消えた。少しして音が鳴った。戦争中途絶えていて、久しぶりに揚がった隅田川の花火だった(それは、あとになって知ったことで、あのときは、ただ、ぼ一つとしで涙ぐんで見ていた)>>
(写真)注意して欄干をチェックしながら渡ってゆくと、たしかに凹んでいるところが・・・。もちろん、いうまでもなく脇腹を挟んで追体験したのだ。
エッセイ「あの頃」東京人1986年1月号初出。武田百合子随筆集「遊覧日記」中央公論社1995年刊より。
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