また、月経を衂血(鼻血)で済ませられたならと想った女はいるだろうか。

高橋新吉「衂血」より、一部分を抜萃。
・・・・・・・・・
支那の子供が石を投げてゐる。淫蕩を目と頬とに漲らした
四十近い西洋婦人が、ベンチに横ざまに靠れてグランドホテルの
玄関を凝視したゐた。

夜会か何かゞあるのかも知れない
自動車が幾台も、幾台も来る。
彼は陰嚢と早漏に悩む青年に過ぎない
彼は月経を衂血で済ます女を想つた。
沖の方の汽船のトモの方の船底へ打突つかつた魚の鼻の
頭がかすかに剥げた。
見るまにドス黒く紫色に、真赤になつた。
彼は花崗岩の柵に凭つて、憂鬱な彼の顔を明るくし様か
と考へてゐた。
シユンでもシユンでも鼻血が出る。破れた粘膜も噛み棄
てた、顔中血だらけになつた。
彼は体中の血を口の上から絞り出して了へと思つた。
足の爪が白くなる程思ひ切つて噛んだ
・・・・・・・・

原文にルビ(ふり仮名)無し
*漲(みなぎ)らし
*靠(もた)れて
*衂血(はなぢ)
*了(しま)へ
*凭(よ?もた?)つて
「ダダイスト新吉の詩」大正12年(1923年)中央美術社刊(辻潤編集)収録の「衂血」より。