2017年08月16日

吉祥寺 旅荘和歌水 安西水丸「東京美女散歩」より

イラストレーター安西水丸の雑誌連載エッセイ「東京美女散歩」より「たっぷりと吉祥寺」の巻。この回のテーマは、音大出身の年上のピアニスト(人妻)との不倫の顛末。やりまくったラブホの名称は書かれていないが、それとなく文章の脇に添えられたイラストには、連れ込み旅館「旅荘和歌水(わかみず)」がはっきりと描かれている。樹々に覆われた井之頭公園入口に佇む「旅荘和歌水」、男も女もいやおうなく誘い込まれるムードを醸し出している。
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旅荘和歌水。井の頭公園の樹々に包み込まれるように建っている。

<<(略)大学を出て当時築地にあった広告代理店(*電通本社)に就職したのが昭和四十(一九六五)年。その年の秋に結婚した。井の頭五丁目に小さな家を購入して住んだのは翌年の二月だったと記憶している。(略)井の頭で暮してよく散歩したのは井の頭公園や玉川上水で、食事や飲みに行ったのは吉祥寺だった。当時の吉祥寺駅はまだ高架線になっておらず、中央線と井の頭通りが交差する地点には踏み切りがあった。また吉祥寺には映画館も多く、たいていの映画はこの街で観ることができた。古書店が多いのもぼくの楽しみだった。因に、ぼくの家のあった井の頭五丁目には、昨年亡くなられた作家の吉村昭さんの家(*現在も作家である奥様が暮らしている)もあり、何度か公園近くでお目にかかった。>>
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敬愛する作家の一人、故・吉村昭は、井の頭公園の風が吹き抜けるこの地に家を新築し、昭和44年7月
妻で作家の津村節子と共に移り住んだ。吉村昭宅近辺2010年撮影。

<<今は気恥しいような恋愛小説が流行っているが、ぼくなどはそういった比(たぐい)のものを読むと「ウソだあ」とおもってしまう。恋愛至上主義にはどうも楽天的になれない。そんなぼくではあるが、若い頃(と、いっでも三十歳だった)、吉祥寺に住む人妻と不倫関係にあった。彼女は日本を代表する音楽家の孫で、父親もよく知られるオーケストラの指揮者だった。彼女の吉祥寺の実家にはよく実をつけるユズの木があった。彼女も音大でピアノを学んでおり、実家近くのマンションで商社で働く夫と暮していたが、月に何日か実家で子供たちにピアノを教えていた。ぼくたちは会う度に井の頭公園を歩き、御殿山一丁目にあった今でいうラブホテルで時間を過した。吉祥寺で生れ育ったという二歳年上の彼女は、色白の美人で、髪は俗にいう「烏の濡れ羽色(からすのぬればいろ)」をしていた。ラブホテルと書いたが、このホテルはベッドの上の天井から細い紐がぶらさがっていて、それを引くと天井が開いて鏡が現れる仕組になっていた。あとのことは想像にまかせます。
 そんなこんなで、吉祥寺には美女が多いといった先入観がある。歩いている女性たち(男たちも同じだが)は何処となく上品だ。しかも気取りがない。そういった意味では東京でもめずらしい雰囲気の街といえるだろう。(略)>>
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初出「小説現代」2007年2月号〜2014年4月号まで隔月で連載。
「東京美女散歩」安西水丸2015年3月講談社刊より抜粋。

安西水丸リンク
渋谷 のんべい横丁 安西水丸「東京美女散歩」よりhttp://zassha.seesaa.net/article/441992175.html
posted by t.z at 21:28| Comment(0) | 東京郊外tokyo-suburbs | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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