2017年09月30日

渋谷道玄坂 ラブホ青トカゲ猟奇事件 横溝正史「夜の黒豹」より

渋谷道玄坂のラブホ「女王」の8号室で、昭和35年11月の深夜、奇怪な事件が発生した。  
アベック客の黒ヒョウを思わせる雰囲気の男の方は何処かへ姿を消し、ベッドに残された女の首にはナイロンの靴下が巻き付けられ、動くたびに喉を締め付けるように細工されていた。苦悶に白い裸身をくねらせる女の乳房には、なんと青いトカゲが・・・。
金田一耕助シリーズ(「八つ墓村」「犬神家の一族」「病院坂の首縊りの家」など)の一篇であるこの作品は、先に発表された短編「青蜥蜴(あおとかげ)」を長編化したもので、刊行(昭和39年8月)に際しタイトルを「夜の黒豹」に改めている。
横溝正史(よこみぞせいし)「夜の黒豹」春陽堂書店(春陽文庫)1997年刊より抜粋。

<<あのとき犯人がもっと用心深くドアを閉めていったら、葉山チカ子と名乗るあの女もあのまま絶命していたのではないか・・・と、後日そのときのことを思い出すたびに、山田三吉は身震いをせずにはいられなかった。犯人もはじめてのことだったのであわを食ったにちがいない。ホテル女王のベル・ボーイ山田三吉がその部屋のそばを通りかかったとき、ドアが細目に開いていた。三吉はそのときおなじ三階の三号室へ、ウィスキー・ソーダとコカコーラを運んでいってのかえりだった。三号室の客は、男と女のアベックで、泊まりではなかった。二時間ほどのショート・タイム。ホテル女王では、こういう種類のお客様を御商談様と呼んでいる。
 ホテル女王・・・と、名前は堂々としているが、じっさいはわりと安直な建物である。三階建ての地下室がバー、地階がレストランで、二階と三階がホテルになっている。場所は渋谷の道玄坂百軒店(ひゃっけんだな)のほどちかく。もちろん、ホテルだからほんものの泊まり客があることはいうまでもないが、渋谷にちかい場所柄もあって御商談様も多いのである。ホテルのほうでも心得ていて、そういうお客様とみると、だまっていても三階へご案内することにきめている。
 三階には部屋が七つある。三つずつ並んでむかいあっており、ひとつだけ離れた部屋が階段とエレベーターをあがっていった左側にある。それが問題の八号室だ。部屋が七つしかないのに八号室まであるのは、いうまでもなく四号室が欠番になっているからである。(略)>>
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渋谷道玄坂上(正確には円山町)のラブホ街。めずらしく人の気配がない・・・不気味だ。

<<八号室のこんやの客を山田三吉はおほえていた。
男と女のアベックだった。女は一見してストリート・ガールかコール・ガール。ただし、服装からそうにらんだだけで、顔はほとんど見えなかった。ネッカチーフのようなもので額のうえまで包んでいた。大きなサングラスをかけていた。服装はあんまりよいとはいえなかった。男は黒ヒョウのようにつやつやとした漆黒のオーバーをゾロリと着ていた。オーバーのえりをふかぶかと立てているうえに、これまた黒いつやのあるマフラーであごから鼻までかくしていた。まぶかにかぶった帽子も、黒ヒョウの毛皮のようにつやつやとした光沢をおびていた。これまた大きなサングラス。ひっそりとした、足音のない歩きかたがネコを連想させるような男であった。しかし、それはこういうホテルの、しかも御商談様にはありがちのことである。>>
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<<意を決した三吉は、ドアのなかへ首をつっこんだ。廊下からさしこむ光線で、べッドのうえに白い裸身がうごめいているのが見え、三吉はいっしゅんひるんであとじさりした。しかし、女の下半身が毛布におおわれているようなので、いくらか安心して部星のなかを見まわした。男の姿は見当たらない。
「もしもし、どうかしたんですか。お連れさんはどこに・・・?」
返事はなくて、そのかわりなにかを訴えるようなうめき声が聞こえ、白い裸身がムクムク動いてベッドがきしんだ。三吉は思いきって壁際のスイッチをひねったが、そのとたん、心臓がロからとび出しそうに躍動した。女の首にナイロンのくつ下が巻きつけてあり、その端がベッドの頭の鉄柵にゆわえつけてある。女が身動きをするたびに、首にまきついたくつ下が女ののどにくいこむのだ。女のロにもナイロンのくつ下の片っぽがさるぐつわのようにはめてある。胸のうえで組み合わされた手首は、バックル性のベルトで縛られていた。(略)
三吉は女のロからさるぐつわを解きにかかったが、そのとき組み合わされた両手の下から、妙なものが見えたのに気がついた。
「なんだい、こりや・・・」
女はいやいやをするように首をふった。両手で胸をかくそうとした。三吉はむりやりにそれを押しのけて、おもわず大きく目をみはった。女の胸には、むっちりとふたつの隆起が盛りあがっている。ピンと張りのあるよいふくらみだ。そのふくらみの頂点に、ふたつの紅玉(*乳首のこと)がぬれたような色をしてちりばめられている。しかし、いま三吉が目をうばわれたのはそれではない。盛りあがった乳房と乳房のあいだに、妙な彫り物がしてあった。いや、彫り物ではない。そんな危険な場所に入れ墨ができるはずがない。それに、マジック・インキの強いにおい! トカゲのようである。乳房と乳房のあいだのなめらかな素膚(すはだ)のうえに、青いマジック・インキでかかれたトカゲが一匹吸いついている。青トカゲの上半身は、女の左のふくらみにはいあがり、前脚で張りのある乳房に吸いついている。ニョッキリもたげたかま首は、いままさに貴重な紅玉にむしゃぶりつきそうだ。しつぽは右の乳首につよく巻きついていた。(略)>>
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<<ちょうどそのころ、金田一耕助は警視庁の第五調べ室で、等々力(とどろき)警部や新井刑事をあいてに、駄弁を弄していた。金田一耕助は相変わらずだ。えりあかによごれた大島の対によれよれのはかま、スズメの巣然としたもじゃもじゃ頭をかきみだして、イスに埋まったかっこうはいまにもズッコケそうである。ちかごろ不眠症で困るなどといいながら、眠そうな目をショポつかせているところへ、高輪署から一件の報告が入ってきた。電話で報告を聞きおわった等々力警部は、金田一緋助をふりかえってニヤリと笑った。
「金田一先生、どうやらあなたの不眠症を治療するにゃもってこいの事件ですぜ」
「なんのこってす、そりや・・・」
金田一耕助はたいぎそうに目をショポつかせた。いまやこの世になんの興味もないといわんばかりの顔色である。
「高輪のホテルで、女がひとり殺されたって報告がいま入ったんです。さあ、いっしょにいこうじゃありませんか」 (略)>>

(*)注釈は原文には無し。ルビは適宜振りました。
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posted by t.z at 08:13| Comment(2) | 東京北西部tokyo-northwest | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今月は、BSで、映画の悪魔の手鞠歌と八ツ墓村をやるので観るつもりです。私は個人的に金田一耕助は、古谷一行が演じているシリーズが好きなんですがね。金田一耕助は、最初は菊田一だったそうですが、たまたま横溝さんが西東京に住んでいた頃に、金田一春彦が近所にいたので、金田一と父親の京助の名前を取って改名したとか。金田一京助の旧居跡が、本郷4丁目にあるとかで、7月の終わりに訪問したところ、その場所に、本郷×坂医院、急勾配の坂、軒下に風鈴があるアパートがあり「なんか出来すぎてる」と思いました。
Posted by 定マニア at 2017年10月02日 09:45
本郷菊坂の樋口一葉の旧居跡(井戸をはさんで2カ所)の路地を通りすぎて、奥の石段を上った先を左に曲がったところ、鐙坂の途中に金田一京助・春彦(長男、ここで誕生)の親子の住まいがありましたが、当時とほぼ変わっていない寂しさを残す場所です。10年ほど前に行ったきりです。それと横溝正史の成城の終焉の地も撮影済みで(現在80代になられた息子R氏が暮らしている)、なにかの作品(金田一シリーズに度々登場している)にからめてアップします。それと成城北口には、大江ノーベル健三郎氏の住まい(生垣に囲まれている)、その近所には自転車でアトリエ〜自宅間を疾走している横尾忠則氏も暮らしており、とくに横尾氏の生活ぶりは面白いので今月中にまとめてアップできるように準備します。ネコの病院、本人の整体医院、近所住まいで交流のある映画監督山田洋次氏(トラさんシリーズ)、古本屋のことなど、まとめてみるつもりです。都内は各所全域にわたり撮影済みですが、アップしない内にあの世にいきそうなのでガンバリます。都内は江戸期の文人らの旧蹟まで撮影が及んでおり、アップが追いつかない状態で、どうしましょうと途方にくれて茫然状態。写真を撮りに行くのが好きなだけなんだと改めて結論づけられます。横溝正史の弟子筋にあたる山田風太郎も公開したいし、やはり定さんの寿命を5年ほどわけてもらわないと。
Posted by 管理人 at 2017年10月02日 11:49
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