2017年10月03日

奈良斑鳩 中宮寺 草野心平「中宮寺弥勒菩薩」より

中宮寺(ちゅうぐうじ)は、尼寺で法興尼寺(ほうこうにんじ)・鵤(いかるが)尼寺とも称され、法隆寺夢殿の北東側に接している。開基は聖徳太子(厩戸皇子うまやどのみこ)。太子が母后(用命天皇皇后、穴穂部間人皇女*あなほべのはしひとのひめみこ)のために、その宮所に中宮寺を建立した。最初の寺地は、現在地の東方、法隆寺東2丁目一帯にあった(跡地は国指定史跡)。戦後の数度にわたる発掘調査で四天王寺式の伽藍配置が確認されている。
葦垣(あしがき)宮・岡本宮・鵤宮のほぼ中央に位置することから中宮と称され、寺名もその名号が使われた。現在地には永生年間(1504〜1521)に移建され、天文年間(1532〜1551)に門跡寺院となり、中宮寺御所・斑鳩御所と呼称される。
戦後、1953年に法隆寺と同じ聖徳宗に改宗。国宝の木造菩薩半跏像(飛鳥時代)が安置されている。
その弥勒菩薩の微笑む御顔を見つめていると、いつしか心に平穏というものが満ち溢れてくる。

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中宮寺本堂(1968年建立と新しく、作詩当時の草野心平は目にしていない)

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夕宵に黒く染まり始める中宮寺の西側の土塀。

草野心平「中宮寺弥勒菩薩」より
(月刊誌「いづみ」日本女性文化協会1966年7月号初出)
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  中宮寺弥勒菩薩 
斑鳩の。
中宮寺の。
土塀のなかに。
濃緑の龍柏(ろんばい)の炎がならび。
そのかげの。
御堂のなかに。
黒く独り。
弥勒菩薩の。
ニッポンの愛(かな)しい微笑(ほほえみ)が。
淡くたゆたい。
月夜の沼の水すましの。
波紋のよう。
斑鳩の。
中宮寺の。
弥勒菩薩の。

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中宮寺本堂北西の堂宇(表御殿)。

月刊誌「いづみ」日本女性文化協会1966年7月号掲載初出
「ふるさと文学館第35巻」1994年ぎょうせい刊より
参考:「寺院神社大事典 大和・紀伊」1997年平凡社刊
posted by t.z at 01:12| Comment(0) | 奈良nara | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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