2017年10月09日

箱根 富士屋ホテル 池波正太郎「よい匂いのする一夜」より

東京から一日で来れる(明治初頭頃)ことができ、富士の景観と豊富な温泉に恵まれる箱根が、欧米人(米・英)の人気を集めていると知った山口仙之助は、外国人専門のホテル経営に着手した。1877年(明治10年)、宮之下の藤屋(安藤堪右衛門かんえもん)を買収し、同時に温泉の使用権も獲得、名称を富士屋ホテル(富士屋ホテル株式会社)と改め、翌年(1878年)に開業した。
この事業は、初代仙之助から入婿の正造に引き継がれ、さらに繁栄を重ねる。 
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池波正太郎の「よい匂いのする一夜」(1981年平凡社刊)の一章「箱根 富士屋ホテル」より抜粋。
初出は「太陽」誌1979年7月号〜1981年5月号にかけて連載。
<<富士屋ホテルは明治十一年の創業というから、日光の金谷ホテルの創業よりも古い。
おそらく、日本で最初の洋式ホテルではないだろうか。
富士屋ホテルの創立者で、初代の山口仙之助は、明治という時代でなければ生まれなかった人物だろう。若いころには、日本最初の欧米使節一行と共にアメリカへわたり、辛酸をなめつくした上、七頭の種牛を買って帰国した。牧畜業をはじめるつもりだったのだが、どうも、うまくゆかない。そこで牛を売りはらい、慶応義塾へ入学したというのである。現代の青年たちが味わうこともできぬ青春だといえよう。
そして慶応で、福沢翰吉に国際観光の重要さを説かれ、ホテル創業を決意し、箱根宮ノ下に五百年の歴史をもつ藤屋旅館を買収し、洋館に改築した。これが、富士屋ホテルだ。(略)>>
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富士屋ホテル大食堂(メインダイニング)。昭和5年(1930年)築造。下階は当時ビリヤード場。
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池波が皇居の食堂のようと表現した主食堂。

<<当時のホテルの食堂の典雅な雰囲気には、びっくりした。そのころ、私は何度かホテルに泊っていたが、趣きが全くちがっていた。私たちの目には、見たこともない皇居の大食堂のようにおもえた。
昭和初期の日本風洋館の極美をつくしたもので、格天井の一つ一つに、日本アルプスの高山植物と野鳥が描かれてい、窓外の、したたるような新緑と山気をたのしむ外人客で一杯だった。
その、何ともいえぬ融合が富士屋ホテルの特色である。>>
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池波正太郎らが宿泊した五階建の花御殿。昭和6年(1931年)築造。全室に花の名がついている。

<<当時の富士屋ホテルは、増築を重ねて繁栄の絶頂期を迎えようとしていた。
今度、私たちが泊った五階建、四十三室の〔花御殿〕の大きな棟も、そのころの建築だが、この一室へ泊ったのは今度がはじめてだ。いまから十五年ほど前に泊ったときは、戦後に建てられた新館だった。
花御殿の大きな客室へ泊ってみると、昭和初期の最高の贅沢というものが、どんなものか、よくわかるだろう。新しい現代のホテルを知っている若い人たちの目には、それがどのように映るだろうか。興味ふかいことである。夕暮れとなって、長い廊下を何度も曲ったり、上ったり下ったりして、私たちは食堂へ入った。(略)>>
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明治24年(1891年)築造の本館内部。贅沢なまどろみが約束されるサンルーム。
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本館内部。

松本清張も昭和初期の「富士屋ホテル」を舞台にした衝撃的事件を描いている。
昭和4年(1929年)11月29日未明に一号館で発生した支那(中華)公使佐分利貞男の怪死事件だ。
号外が街頭にまかれ、帝都は騒然とする。清張は、時代の背景(政府の対支政策、軍部の動向)を精査し、軍部による他殺説を展開する。富士屋ホテルを舞台にした推理小説として読んでも面白い。
松本清張「佐分利公使の怪死」として「昭和史発掘」第3巻に収録。文春文庫で手軽に読める。

「箱根 富士屋ホテル」「太陽」1979年7月号〜1981年5月号連載初出
「よい匂いのする一夜」池波正太郎1981年平凡社刊より抜粋
参考:「小田原・足柄の歴史下巻」1994年

池波正太郎リンク
大阪 宗右衛門町界隈 池波正太郎「大阪ところどころ」よりhttp://zassha.seesaa.net/article/394678865.html
posted by t.z at 18:23| Comment(0) | 関東各地tokyo-widearea | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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