2018年05月30日

姫路 おきく井戸 小泉八雲「日本瞥見記」より

小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)の随筆「日本瞥見記」(Glimpses of Unfamiliar Japan)に収められ、「潜戸(くけど)」の章で語られる<播磨国姫路のおきく井戸>の話、おきくさんの幽霊が自害した屋敷の井戸からもどってきては、いちまい、にまい、と悲しい声で皿を数える<あの物語>だ。姫路城内の曲輪に<おきく井戸>と伝わる大きく深い井戸が残され、インスピレーションの強い人には井戸の闇から幽かに<おきく>の悲しい声が聞こえてくる、という。
瞥見記の読みは、べっけんき。瞥見の意味は、ちらりと見ること。

<<日本の國に、キクを植えると不吉なことがあると考えているところが、一カ所ある。そのわけは後でわかるが、ところは播磨(はりま)の國の姫路という小さな美しい町である。この姫路の町には、今でもやぐらの三十もある大きな城がのこっている。むかしは三十六萬石の大名が、代々ここに住んでいたところである。その大名の重臣の屋敷に、良家の娘で「おきく」という女中がいた。「おきく」とは、キクの花を意味する名前である。おきくは、主家にある数々の貴重な什器(じゅうき=皿など)の出し入れをあずかっていたが、その貴重な蔵品のなかに、十枚そろった高價な黄金の皿があった。その皿の一枚が、にわかに紛失して見えなくなった。役目の責任を感じたおきくは、自分の身に科(とが)のないことを、ほかに證(あか)すすべもわからぬままに、屋敷の井戸に身を投げて自害した。>>
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姫路城内郭、天守の真下に<おきく井戸>が残されている。

<<ところが、井戸に身を投げて死んでから、毎夜、おきくの幽霊が屋敷へもどってきては、さめざめと泣きながら、かの皿をしずかに數(かぞ)える聲(*声)が聞こえるのである。
  いちまい にまい さんまい よまい ごまい ろくまい しちまい はちまい くまい
そこまで数えると、絶望的な聲をあげて、わっと泣き入る聲が聞こえ、やがてまた、悲しそうな聾がくりかえし皿を数えるのである。>>
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井戸の闇から<おきく>の腕がにゅっと伸びてきて足首をつかみ引きずり込もうとする、それを防止するため金網が張られている(ホントかな)。
<<まもなく、おきくの魂魄は、奇妙な小蟲(むし)のなかに宿った。その蟲は、頭のかっこうが、長い髪をふり亂した幽霊の姿にどことなく似ている。「おきく蟲」といっているが、この「おきく蟲」は、姫路以外の土地にはどこにもいないそうである。
後年、おきくのことは芝居にも仕組まれ、「播州お菊皿屋敷」という外題(げだい)で、今でもほうぼうの大衆劇場で上演される。(略)>>

*ルビ、注釈は本文にないものも適宜附けてあります。
「日本瞥見記」「小泉八雲 明治文学全集」1989年筑摩書房に収録。

参考
姫路 お菊神社 志賀直哉「暗夜行路」より http://zassha.seesaa.net/article/453968932.html
posted by t.z at 22:04| Comment(0) | 各地various parts of japan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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