<<東京の赤坂に紀の國坂という坂がある。紀の國坂とは、紀伊の國の坂という意味である。なぜこの坂が紀伊の國の坂といわれるのか、わたくしはその故を知らない。この紀の國坂の片側には、古くから大きな深い濠があって、濠の上には青草のはえた高い土手がそそり立っており、その土手の上は、なんとかいう公園になっている。坂の一方は、御所の、長い、見上げるような高い土塀がずっとつづいている。まだ街燈や人力車なんぞのなかった時代には、このへんは夜になると、人っ子ひとり通らない、ごく寂しいところであった。日の暮れ過ぎ、遅くなってひとりで通る通行人は、この紀の國坂は通らずに、何町もまわり道をしたものであった。なぜそんなことをしたかというと、あのへんは、よくむじな(*タヌキ)が出たからなのである。
ごく近年、あすこのむじなを見たという人は、京橋へんのさる年配の商人であった。この人は、もう三十年ほども前に物故してしまったが、その人の語った話というのは、こうである。(略)>>
・・・・このあと、紀の國坂に眼や鼻や口のないのっぺらぼうの女がぬっとでてくる。商人は恐怖から逃れようと必死に紀の國坂を駆け上がる。坂上の闇のなかに蛍火のような灯が見える。蕎麦売りの灯であった。濠っぺたに出たのっぺらぼうの女の事を息も絶え絶えに話すが、むこうを向いたままの蕎麦売りはつっけんどんだ。蕎麦売りは顔をぺろりと撫でて、「その女の顔はこんなふうでなかったかい」と振り向く。「ぎゃああああああ」・・・・怖いので、だめ、ここまで。

のっぺらぼう女が出たのはこの辺り。右の長塀内側が広大な仮皇居(現赤坂御用地)。

紀の國坂上の喰違見附から弁慶濠(外堀)と首都高4号線を眺める。首都高の向う側の桜の木の下が紀の國坂。奥のビル群は赤坂の街。
「小泉八雲 明治文学全集」1989年筑摩書房収録の「怪談」より抜萃。
小泉八雲 リンク
姫路 おきく井戸 小泉八雲「日本瞥見記」よりhttp://zassha.seesaa.net/article/459682995.html
【関連する記事】
- 渋谷 第10回渋谷ファッションウイーク・SHIBUYA RUNWAY
- 表参道 イッセイ・ミヤケ<FACE>展
- 渋谷 渋谷ストリームshibuya streamオープン
- 早稲田 三朝庵(閉店) 井伏鱒二「大正七・八・九年ごろ」より
- 原宿表参道 FR2ブティック梅 ニューオープン
- 原宿 Stephen Powersのグラフティストリートアート
- 世田谷・経堂 経堂病院 太宰治入院先(昭和10年)
- 南青山・青山霊園 中江兆民の墓 幸徳秋水「兆民先生」より
- 青山キラー通り(神宮前3) キース・ヘリングの壁画解体
- 渋谷・百軒店 文紀堂書店とストリップ道頓堀劇場 安西水丸「東京美女散歩」より
- 四谷 外濠公園野球場 井上ひさし「ナイン」より
- 渋谷宇田川町 ラブホ・オリエント 「荒木陽子全愛情集」より
- 渋谷 青学会館 荒木経惟・陽子夫妻の挙式会場
- 成城 横尾忠則アトリエ 「千夜一夜日記」より
- 目黒緑ヶ丘 三島由紀夫旧居跡 瀬戸内寂聴「奇縁まんだら」より
- 目白 学習院 三島由紀夫「春の雪」(豊饒の海・第一巻)より
- 成城 こばやし動物病院と成城外科整形外科 横尾忠則「千夜一夜日記」より
- 江古田 日大芸術学部+ミス日芸2017 安西水丸「東京美女散歩」より
- 高円寺 駅前ガ噴水ガ広場ガ 園子温「孤独な怪獣」より
- 代々木上原 代々木上原駅千代田線ホーム 松本清張「清張日記」より