2018年06月17日

世田谷・経堂 経堂病院 太宰治入院先(昭和10年)

新進作家として認められはじめていた太宰治は、1935年(昭和10年)3月、在籍していた東京帝大(現東京大学)文学部仏文学科の落第が決定(除籍は9月30日付け)した後、単身鎌倉に赴き、鶴岡八幡宮の裏山で首吊り自殺を図るが未遂に終る。この失踪事件に知友らが暗然とする中、太宰は首に包帯を巻いた姿でふらりと天沼1丁目の自宅に舞い戻った。翌月(4月)初旬、太宰は腹痛を訴え、杉並区阿佐ヶ谷4丁目の篠原病院(外科)で診察を受ける。急性虫様突起炎(盲腸炎)と診断され、即入院。翌日手術を受けるが腹膜炎を併発して危篤状態に陥る。やがて回復に向かうが、入院中に連日のように患部鎮痛のためパビナール注射を受ける。一ヵ月後(5月1日)、予後静養のため世田谷区経堂町の経堂病院に転院。院長は太宰の長兄津島文治の友人で沢田という医師だった。
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小田急線経堂駅西口の住宅街の一画に残る児玉経堂病院。
 
経堂病院入院中の書簡(昭和10年5月〜6月)を「太宰治全集15書簡集」(1960年筑摩書房刊)より抜萃。
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5月10日付け 東京市世田ケ谷区経堂町経堂病院内より東京市杉並区馬橋四丁目四百四十番地 木山捷平(しょうへい)宛(はがき)
  当分左記に居ります。
  世田ケ谷区経堂町 経堂病院内 太宰治
  このあひだはお見舞ひありがたう。
  一日一日、元気恢復(かいふく)してゐます。
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6月3日付け 東京市世田ケ谷区経堂町経堂病院より東京市本郷区駒込千駄木町五十番地 山岸外史(がいし)宛(はがき三枚つづき)
  お手紙、いま読んだ。よい友を持つたと思つた。生涯の記念にならう。こんなときには、ダラシナイ言葉しか出ないものだねえ。歓喜の念の情態には、知識人も文盲もかはりはない。「バンザイ!」これだ。君は僕の言葉を信じて呉れるか。文字のとほりに信じて呉れ。いいか。「ありがたう」
 佐藤春夫氏への手紙は、二三日中に書いて出します、「おほいなる知己(ちき)」を得たよろこびを書き綴るつもりです。実は二三日まへ、緒方(*隆士)氏へ、歓喜の初花をささげたばかりなので、どうも書きにくいのだ。(同じ文句になりさうで。)
 二三日してから、書いて出します。
 陶エが粘土をこねくりながら、訪問者とお天気の話をしてゐる。僕の文学談など、陶工のそのお天気の話と大差なし。ロとは全く別なことを考へながら、仕事のための粘土をこねくつてゐる。「自由の子」といふより「すね者」と言つたほうが自由の子の真意をつたへうる。
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7月1日付け 干葉県船橋町五日市本宿干九百二十八番地より東京市本郷区駒込千駄木町五十番地 山岸外史宛(はがき)
  病気全快して左記へ転居いたしました、とりあへず、お知らせ申上げます。
  千葉県船橋町五日市本宿一九二八
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本館は大正10年の築造。細部を見ると、レトロな装飾がそれとなく施されている。*経堂病院は老朽化等の理由により、2018年現在、解体再築工事中(一部11月末完成予定)。

経堂病院入院中の昭和10年6月中旬より第1回芥川賞・直木賞の銓衝委員会が初開催され、太宰は芥川賞候補となる(候補作品「逆行」、銓衝委員は11名で川端康成、谷崎潤一郎ら、8月10日に両賞発表があったが太宰は落選)。6月30日、太宰はパビナール中毒症状をかかえたまま経堂病院を退院。早速、小山初代(芸妓、仮祝言を挙げ内縁関係)と転居先を探すため船橋に赴く。棟上式を終えたばかりの建設中の借家(家主吉沢太吉、船橋市船橋町五日市本宿1928番)を見つけ、手付金を支払って帰る。翌7月1日さっそく転居する。  

*撮影は2007年10月。ルビ・注釈は原文に無いものも適宜入れてあります。
参考 「太宰治全集15書簡集」1960年筑摩書房
   「太宰治の年譜」2012年大修館書店
   児玉経堂病院HP(改築計画のお知らせ) 
太宰治リンク
本郷 喫茶店「紫苑」の織田作之助と太宰治http://zassha.seesaa.net/article/381424205.html
山梨御坂峠 御坂隧道と天下茶屋 太宰治「富嶽百景」よりhttp://zassha.seesaa.net/article/454248408.html
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posted by t.z at 07:49| Comment(0) | 東京北西部tokyo-northwest | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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