2018年06月20日

京都 南禅寺三門 松本清張「球形の荒野」より

亡くなった笹島画伯の描いたデッサン画を、その画のモデルである野上久美子のもとに返したいから、11月1日正午に指定場所(南禅寺三門付近)に一人で来てくれというタイプライターで書かれた山本千代子からの不審な手紙が届く。久美子は指定された時刻に南禅寺三門(山門)に向った。
「松本清張全集6」1971年文藝春秋に収録の長編「球形の荒野」より。
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南禅寺三門。西向き(京都中心部に向いて)に建ち、二階に縁(ふち)と高欄が設けられている。

<<時計を見ると、まさに十一時だった。久美子(*野上久美子)は、その径(こみち)から山門のほうへ歩いた。松林になっていて、殆んどが赤松である。下には短い植物が群がっていた。午(ひる)近い陽射しだったが、光は弱かった。秋なのである。光線は松林の間から洩れて、草と、白い地上に明暗の斑(ふ)をつくっていた。>>
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三門前の松林。
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<<山門は、こちらから見ると、屋根も軒も蔽いかぶさるように大きい。陽の加減でそれが逆光になり、暗い部分に複雑な斗栱(ますぐみ)が高く載っていた。建物は古びて黒ずんでいる。そのせいか、近づくと汚ならしく見える。木肌も荒く割れているのだ。歌舞伎に出てくる石川五右衛門(*)の舞台の朱塗りから想像して、一致しているのはその建造物の大きさだけだった。久美子は、山門の載っている石の基壇に立っていた。人はやはり来ない。話し声が反対側の松林の向うでしていたが、それは坊さんだった。静かなものだった。この静けさのなかで久美子は時間を待った。
石段を登ったり降りたりした。松林の中にも入ってみた。先方の指定が山門付近というのだから、この場所から遠くに行かなければどちらにもわかる筈だった。山門から奥へ向かって正面が法堂になっていた。久美子は退屈になって、その前に行った。>>
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南禅寺法堂。法堂は桃山時代に築造されたが明治28年1月に焼失、明治末年の復興。
<<やはり短い石段を登ってすぐお堂の入口になる。さし覗くと、暗い正面に金銅仏が三体仄(ほの)かな光線を受けて光っている。両側に太い柱があって、禅宗の文句が対になってかかっていた。(略)
久美子は、またもとの道を振り返ったが、やはり誰も歩いて来る姿は無い。白い道が下り坂になって、両方にさし出た葉の茂りだけが蒼いのである。明るい陽のなかに時間だけが空しく過ぎた。>>

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南禅寺山門の五鳳楼。石川五右衛門が登場する芝居の舞台。「絶景かな」と思わずつぶやいてしまう。

(*)安永7年(1778年)並木五瓶の作、歌舞伎狂言「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」(一幕物、大坂中座での初演では「金門五三桐」五幕)の主人公である盗賊石川五右衛門のこと。「絶景かな、絶景かな、春のながめは価千金〜」云々で有名な出し物の舞台がこの南禅寺三門。これまた有名な事実だが、南禅寺三門は文安4年(1447年)4月の火災で焼けてから、藤堂高虎によって再建寄進された嘉永5年(1628年)まで存在していなかった。石川五右衛門存命の間は当然あるわけがない。五右衛門は、「言継卿記」(同時代の公家山科言継の日記)に三条南の河原で処刑(釜茹で刑=子1人と盗賊10人、文禄3年8月23日)されたとある。イスパニア商人の記録には、油で煮られたと記されている。墓は祇園南側の大雲院本堂裏にあるという(「京都史跡事典」)が、非公開で見れない。
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石川五右衛門の墓があるという祇園・大雲院の山門。
 
「球形の荒野」オール読物昭和35年1月〜昭和36年12月連載初出
撮影は2007年〜2012年
参考 南禅寺HP http://www.nanzen.net/keidai_sanmon.html

松本清張リンク
京都 円山公園 いもぼう平野屋本家 松本清張「球形の荒野」よりhttp://zassha.seesaa.net/article/322024530.html 2013年02月12日 
奈良 薬師寺から唐招提寺への道 松本清張「球形の荒野」より http://zassha.seesaa.net/article/448074331.html 2017年03月18日 
代々木上原 代々木上原駅千代田線ホーム 松本清張「清張日記」より  http://zassha.seesaa.net/article/453928874.html?1507065663


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posted by t.z at 23:12| Comment(0) | 京都kyoto | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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