「甲陽軍鑑」明暦本 品第卅九目録・巻第十二より
野田落城付信玄三州(*三河)より帰陣
<<天正元年(*元亀4年)正月七日に、信玄公、遠州刑部(おさかべ)を御立有、本坂(*現・三ケ日町の西、本坂峠)を打越シ、同月十一日に、三河野田の城へ取詰攻給ふに、家康より信長へ小栗大六と云者を使にして、後詰(*援軍)の有ルやうにと憑申され候へども、信長不被出候。二度の使にても、信長出る事なき間に、菅沼新八郎降参いたし、野田の城をあけわたし申候(略)
其後信玄公御煩(わずらい)悪(あしく)御座候て、二月十六(七)日に御馬入。家康家、信長家雑人の沙汰に、信玄野田の城攻るとて、鉄炮にあたり死給ふと沙汰仕る。みな虚言(そらごと)也。惣別武士の取あひに、よはき方より、必(かならず)うそを申候。越後輝虎(*上杉謙信)と御取合(*合戦)に、敵味方共に、うそ申たる沙汰、終(つい)に無之。>>
三方原(みかたがはら)古戦場跡碑。武田軍2万5千と徳川軍1万1千が激突した戦場跡。鶴翼の陣で対抗した徳川勢は、なすすべなく武田軍に粉砕され浜松城に敗走。家康は危ういとこで一命を取り留めている。
信玄公逝去付御遺言之事より
<<四月十一日未(ひつじ)の刻より、信玄公、御気相悪(きあいあしく)御座候而、御脉(みゃく)殊ノ外はやく候。又十二日の夜、亥刻に、口中にはくさ出来、御は五ッ六ッぬけ、それより次第によは(*弱)り給ふ。既死脉うち申候につき、信玄公御分別あり。(略)
信玄煩(わずらう)なりといふ共、生て居たる間は、我持の国々へ手さす者(*侵略する者)は有間敷(あるまじく)候。三年の間、深クつゝしめ、とありて、御目をふさぎ給ふが、又(また)山県三郎兵衛をめ(召)し、明日は其方旗(*武田軍旗)をば瀬田(*近江国瀬田、京への入口)にたて候へ、と仰らるゝは、御心みだれて如此(*上洛の途にあるものと意識混濁)。然共、少有て、御目を開キ仰らるゝは、
大底還他肌骨(きこつ)好
不塗紅粉自風流
とありて、御とし五十三歳にして、おしむべし、おしかるべし、あしたの露ときえさせ給ふ。をのをの御遺言のごとく仕候へども、家老衆談合のうへ、諏訪の海へ(御尊骸を)しづめ申事ばかり、(御弔は)不仕。三年目四月十二日、長篠合戦一月前に、七仏事の御弔仕り候。(略)>>
古府中の信玄の居城躑躅ヶ崎館の北東、岩窪町にある武田信玄火葬塚。
「甲陽軍鑑」品第五十一より(信玄の秘喪)
<<小田原北条氏政より、信玄公御他界かと有儀、能見届(みとどけ)申べきために、いたひえ岡江雪(*北条氏政の臣・板部岡江雪、後に秀吉お咄衆)を差越なされ候。武田の家老、各はかりことをもつて、江雪をしばらくとゞめ、(種々)仕様を仕り、其後夜に入、逍遥軒(*信玄の弟、武田信綱)を信玄公と申、御対面なされ、八百枚(の紙)にすへをき(置)給ふ御判の中にて、いかにも御判の不出来なるをえらび、御返事をかき、江雪にわたし候へば、さすがにかしこき江雪も、まことに仕り、小田原へ帰、信玄公は御在世なりと氏政へ申上候故、御他界の取沙汰なき也。>>
3年間の秘喪の後、信玄の遺骸は土屋右衛門昌次(昌続とも、長篠合戦で戦死)の屋敷にて荼毘(火葬)に附された。葬儀は天正4年(1576年)4月16日に武田家菩提寺の恵林寺(1564年に菩提寺と定められている)にで執行された。
江戸時代の安永8年(1779年)、甲府代官中井清太夫が土屋邸跡から石棺を発掘、その銘に<天正元年癸(みずのと)四月十二日薨>とあり、信玄の墓と確定される。この時、武田家旧臣らが石板を建立し、この地を信玄公の聖域と定めた。
撮影は2011年(三方原古戦場跡碑は2014年撮影)。
***原文に無いルビ、注釈(*)も適宜振りました。
参考 乾徳山恵林寺HP http://erinji.jp/
岩窪町自治会火葬塚説明版
「関八州古戦録 戦国史料叢書15」1967年刊
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