2014年05月19日

歌手ASKA(本名・宮崎重明)、覚醒剤取締法違反容疑で逮捕起訴・有罪判決

CHAGE and ASKA(略称チャゲアス)のASKA(本名・宮崎重明 56歳)容疑者が、5月17日(土曜)朝、知人女性の栩内(とちない)香澄美容疑者(37歳)の自宅(社宅)マンションから出てきたところを、玄関前路上で覚醒剤取締法違反(所持)の疑いで警視庁組織犯罪対策5課に任意同行を求められた。警視庁が2人の尿検査を行った結果、ASKA容疑者からは覚せい剤と合成麻薬MDMAの陽性反応、栩内容疑者からは覚せい剤の反応が検出された。直ちに両名を逮捕し、警視庁湾岸署に拘留した。翌18日午前、ASKA容疑者を送検。現在(19日未明)、取調べに対し両容疑者はともに否認している。 *新聞各紙参照
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(写真)白っぽい壁の向う側にMS玄関がある。ASKAが任意同行を求められた場所。目黒区東が丘1丁目の自宅に戻るため、栩内香澄美容疑者のマンション玄関を出た付近の路上で任意同行を求められた(2010年2月撮影)。
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(左写真)任意同行された現場 栩内香澄美容疑者の住むMS玄関前 (右写真)B・Mマンションの西側の路地から撮影 
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  ASKA容疑者と栩内香澄美容疑者の関係を暴く「フライデー」誌(5月23日発売)
   
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(写真)二人が拘留されている東京湾岸警察署。2008年3月31日の建物完成直後の撮影。栩内香澄美容疑者も同時に取調べるため、最新の女性監房が完備する湾岸署が選ばれた。この女性監房には、酒井法子・小向美奈子も入所経歴がある。

逮捕現場は見覚えのある場所で、TVニュース映像から即座に位置確認ができた。栩内(とちない)香澄美容疑者の居住するマンション名の略称はB・M。隣の敷地の所有者はS氏。その経営する施設が完成する以前から時々利用していたところ(銭湯)。

「週刊文春」2014年5月29日号(5月22日発売)が発行されると、事件の様相は、芸能界から政財界にまで巻き込む展開を見せ始める。栩内香澄美容疑者(37歳)の経歴が明らかになるにつれて、彼女からのルートが俄然、注目され始めてきたのだ。以下は、「週刊文春」デジタルサイト(5月21日配信記事)からの部分引用。
<<栩内容疑者は、人材派遣大手パソナグループのグループ会社に勤務後、同グループの南部靖之代表に気に入られた。パソナグループが政財界の要人や芸能人を接待するために東京・元麻布に設けた「仁風林」で行われていたパーティーでは、同社の女性社員が要人たちを接待していたといい、その中のひとりが栩内容疑者だったという。このパーティーで栩内容疑者とASKA容疑者は出会ったとも。また、この仁風林には、安倍晋三首相をはじめ、森喜朗元首相や民主党の前原誠司元国土交通大臣も訪れたことがあるという。さらに、「文春」によれば、栩内容疑者が住んでいた南青山の高級マンションも会社が借り上げたものだというから、南部代表の溺愛ぶりがうかがえる。>>
南部靖之氏が率いるパソナグループは、東証1部に上場する大企業(証券コード2168 取締役会長は竹中平蔵氏)。1976年2月、大阪市で(株)テンポラリーセンターとして設立。2007年12月に株式移転を行い(株)パソナグループが誕生した。なお同社の株価は、5月21日の終値502円から22日寄付きで460円に急落した。現在(後場)は470円台まで持ち直してきたが、5%以上の落ち込み。南部靖之氏の公式プログは閉鎖されたままの状態だ。
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(左)南部靖之代表が率いるパソナグループ本部が入居する東京駅近くの大和呉服橋ビル(画面奥右角)(右写真)ASKA(本名・宮崎重明)容疑者と栩内(とちない)香澄美容疑者が初めて顔を合わせた場所と推定されるパソナグループの接待施設(港区元麻布)

5月22日の警視庁湾岸署での取り調べで、ASKA容疑者は所持容疑を認める供述をした。栩内香澄美容疑者は依然として否認している。(5月23日付け朝刊各紙より)
5月25日午後、警視庁はASKA容疑者が所属する事務所ロックダムアーティスツ(世田谷区三軒茶屋)を家宅捜索し、スケジュール書類などを押収。
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(左写真)ASKA容疑者の所属事務所(18階)が入居するビル(右)ASKA逮捕!の特集記事を掲載した「週刊文春」2014年5月29日号(22日発売) 栩内香澄美容疑者のパソナグループ内(関連会社)での仕事の役割やASKA容疑者の自宅の家宅捜索の模様などが、2013年のスクープ記事(7月31日号)以降の経過とあわせて紹介されている。

5月27日、警視庁組織犯罪対策5課は覚醒剤取締法違反(使用)容疑で、ASKA容疑者と栩内香澄美容疑者を再逮捕。栩内容疑者は覚醒剤の所持・使用を依然として否認している。
5月29日午前、ASKA容疑者(本名・宮崎重明)との栩内香澄美(とちないかすみ)容疑者を東京地検に身柄送検。捜査は薬物類の入手ルートの解明に移る。

6月17日午前、ASKA(宮崎重明)容疑者を3回目の逮捕。容疑は覚醒剤取締法違反(所持)と麻薬取締法違反(所持)。使用目的は「眠気をとって集中するため」、入手ルートは「暴力団等から入手」と自白している。また使用時期は「2ー3年前から」と答えている。この日、東京地検はASKA(宮崎重明)容疑者と栩内香澄美容疑者を覚醒剤取締法違反(使用)等で起訴。栩内容疑者からは尿・毛髪に覚醒剤陽性反応が検出されているが容疑を依然として否認している(新聞各紙より)。

6月27日、ASKA(宮崎重明)被告の所属事務所ロックダムアーティスツは、ASKA(宮崎重明)被告との契約解除を正式発表。同事務所はチャゲアスの2名が実質的なオーナーだ。

7月3日午後、警視庁湾岸署に勾留されていたASKA(宮崎重明)被告が保釈される。その後(4日)、薬物依存を専門に治療する千葉市緑区(JR外房線K駅から北側正面ゲートまで約1.2km)のS医療センターに入院したことが確認されている。病院関係者の所見によれば、覚醒剤使用の主目的が眠気覚ましと性行為だったことから、3ヶ月前後の期間で退院可能と説明している。早期更生を図る意思があるということと初犯ということで、過去の例から裁判長は執行猶予(おそらく2年半=管理人の推定)を申し渡すことは確実だ。決まり文句は「社会的制裁は十二分に受けている」。初公判直前現在では、S医療センターの大部屋病室で治療中。

2014年7月22日(火曜)栩内(とちない)香澄美被告の初公判 起訴内容否認する
 事件番号 平成26年特(わ)第811号 一般傍聴は抽選に 21席に940人並ぶ

8月21日までに、警視庁組織犯罪対策5課は、ASKA被告へMDMA100錠を売り渡した密売容疑で住吉会系暴力団員ら2人を逮捕。いずれも容疑を否認している。新宿歌舞伎町の事務所は「薬局」と呼ばれ、MDMAの供給先として有名であった。

2014年8月28日(木曜)ASKA(宮崎重明)被告の初公判
 東京地方裁判所刑事第3部425法廷 事件名・番号ー覚せい剤取締法違反等 平成26年特(わ)第812号等
傍聴希望者が多数となることが予想され、地裁内の通常の指定場所ではなく、抽選整理券交付は日比谷公園桜門付近(テニスコート)にてリストバンド型で配布となる。交付開始は9時30分〜11時。当選発表掲示は,桜門,祝田門,霞門付近及び西幸門付近。開廷時間は13時15分。
法廷は、傍聴席定員が多い大法廷が使用され、前列か中央部に報道席が用意される。一般傍聴は数千人が抽選券を求めて行列し、高倍率になるはず。
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(左写真)ASKA被告の初公判の傍聴21席の抽選整理券を配布する日比谷公園内特設テント (右写真)整理券はリストバンド型
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(左写真)東京地裁北側入り口 画面左にTV中継などが行われるゲートがある (右写真)傍聴希望者に配布された案内

8月28日午後1時15分、東京地裁4階425号法廷(植村幹男裁判長)で歌手ASKA(本名・宮崎重明56歳)被告の覚せい剤取締法違反(所持・使用)の初公判が開廷した。検察側は「長期間、違法薬物を使用し、常習性がきわめて高い」として、懲役3年を求刑した。弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。即日結審し判決言い渡しは9月12日となった。
ASKA被告は、弁護人質問で昨年の11月以降になってからの覚醒剤使用を認めた。昨年8月に「週刊文春」誌で薬物疑惑の記事が掲載された前後は、覚せい剤を使用することはなく、再び手を出したのは昨年11月と述べた。検察官の被告人質問には「我慢できなかった。恐ろしい薬だ」と答えた。
また、栩内香澄美被告に関した検察官の質問「あなたにとって栩内被告はどんな人ですか」には、ASKA被告は「大事な人です」と答えた。さらに「あなたからすれば、栩内被告から薬物反応が出たのは信じられないのでは」の質問には、「信じられません。特にMDMAが髪の毛から出たことは、まったくもって分かりません」と答えた。 *新聞各紙参照

2014年9月9日(火曜)栩内(とちない)香澄美被告 第2回公判 開廷午後1時30分 鈴木巧裁判長
 事件番号 平成26年特(わ)第811号 傍聴は抽選(傍聴席26席に1007人が並ぶ)
弁護側は栩内被告の覚醒剤使用を改めて否定。栩内被告の部屋から出たゴミ(ティッシュなど)から覚醒剤成分が検出されたことについては、「ASKA被告が使用」と主張。検察側は、栩内被告の部屋のエアコンから覚醒剤成分が検出されたとする鑑定結果を証拠提出。弁護側はそれに対し、「栩内被告に隠れてASKA被告が覚醒剤を吸引した際にエアコンのフィルターに付着」と主張。3回目公判は10月2日に予定。

2014年9月10日 警視庁組織犯罪対策5課は、新宿歌舞伎町他の住吉会系事務所などを、ASKA被告へMDMAを密売した容疑で家宅捜索。写真は「薬局」と呼ばれた歌舞伎町の中心地区にある事務所が入居するビル付近。家宅捜索の間、写真の路地は警官隊によって封鎖された。
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2014年9月12日(金曜) ASKA(宮崎重明)被告に判決言い渡し 午後2時開廷
 事件名・番号ー覚せい剤取締法違反等 平成26年特(わ)第812号等 植村幹男裁判長
覚醒剤と合成麻薬MDMAの使用したとして、覚せい剤取締法違反(所持、使用)罪に問われたASKA=本名・宮崎重明被告(56才)の判決公判が開かれた。まず判決主文が読み上げられ、裁判長から懲役3年、執行猶予4年(求刑懲役3年)が言い渡された。起訴事実を認めたことと初犯ということから予想通り執行猶予が付けられた。
ASKA=本名・宮崎重明被告のコメント全文 *産経ニュースから
<<私は、本日、裁判所より、執行猶予付きの有罪判決を受けました。判決を受け、罪の重さをあらためて認識いたしました。私は、現在医師の指導に従って治療を受けております。本日の判決を真摯に受け止めて、家族の支えのもとで人として立ち直り、健康を取り戻す決意です。ファンの皆さま、関係者の皆さまにおかれましては、直接お詫びを申し上げることに代えて書面でコメントさせていただきますことを、どうかお許しください。あらためまして皆さまに心よりお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。 ASKA >>

9月下旬、9月12日に懲役3年、執行猶予4年の判決が確定しているASKA元被告が、12週にわたる薬物依存症の治療を受けた千葉市内の病院を退院。そのまま薬物依存症の更生施設「ダルク」へ向ったと報道される。

10月2日(木曜)栩内(とちない)香澄美被告 3回目公判(東京地裁)
この日、かって覚せい剤使用容疑で逮捕・起訴されたタレント・ストリッパー小向美奈子(29才)が、栩内被告の公判を傍聴するため東京地裁を訪れ、報道陣の前に現れ、カメラに向いポーズをとった。傍聴希望多数のため抽選となり、小向の傍聴は適わなかった。

10月8日(水曜)東京地裁、栩内香澄美被告の保釈決定。 
保釈保証金は300万円。検察側は不服として東京高裁に直ちに抗告する。
10月9日(木曜)東京高裁が保釈決定を不服とする検察側の抗告を棄却。栩内被告は同日の午後4時45分、保釈保証金300万円を納付し、東京拘置所から保釈された。栩内被告は迎えの車に乗り込み、都心の有名ホテルに向った。5月17日の逮捕から145日ぶりに拘束を解かれた。
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(左写真)小菅の東京拘置所。数々の有名人がこの門から入り、出ていった。面会者もこの門を使用する(2007年2月撮影)。 (右写真)南部代表が率いるパソナグループ本部のサポートによって栩内被告の宿泊先に選ばれたと伝わる紀尾井町のホテルニューオータニ(写真は本館だが、新館タワーもあり、どちらかは不明。週刊新潮10月23日発売号の記事参照)(2003年撮影)。

10月21日(火曜)栩内香澄美被告、東京地裁で第4回公判。


*この項目の書き込み継続中
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2014年03月01日

原宿 歩行者天国の「竹の子族」

1980年初頭、原宿・歩行者天国を埋め尽くした「竹の子族」。国内外のメディアが注目し社会現象化した「竹の子族」のピークの頃(1982年撮影)の姿です。
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数千人の「竹の子族」とその数倍の見物人で歩行者天国は埋め尽くされていた
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*1982年(昭和57年)初夏、アナログビデオカメラで撮影したVTRテープからのキャプチャー画像。
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2013年08月02日

原宿 コンドーム専門店 コンドマニア

六本木交差点から飯倉片町に向かって2本目の細い路地を左に折れた奥右側にあったコンドマニア六本木店が鎖して久しい。神宮前交差点の原宿店(路面店)は、オープン以来20年をすでに経過しているが健在だ。現在の国内コンドマニアグループの店舗展開は3店舗(原宿店・台場店=デックス東京ビーチ3F・神戸三宮店=グレース神戸ビル地下)。客層は若い女性グループとカップルが中心で、土日曜の午後になると狭い店内はスタッフも移動困難なほど混雑する。
 コンドマニア通販のサイト http://condomania.jp/
 コンドマニア・フェースブック https://www.facebook.com/condomania.jp
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(左写真)1992年オープンの原宿店。 (右写真)夜の交差点側(明治通り側)。
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入口付近の陳列棚。ジョリーポップなどのジョークコンドームが並べられ見飽きない。 
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コンドマニアのオリジナルパッケージは大阪・堺の中西ゴム工業製が主力商品となっている。オカモト・サガミ・不二ラテックスなどの有名メーカーのコンドームももちろん揃っている(SサイズからXLサイズまで対応)。ローション(潤滑)などの雑貨類も取り揃えている。
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使ったり、使わなかったりするので在庫が中々減らない。つぶつぶ加工した商品が一番好評。写真は北海道出身のT(それ以上はノーコメント)。
コンドマニア原宿店 渋谷区神宮前6-30-1 営業時間 11:00〜21:30
リンク
コンドーム業界大手の本社・工場めぐりhttp://zassha.seesaa.net/article/398637871.html
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2013年03月08日

青山 第1師団司令部・師団軍法会議と相沢中佐(2・26事件)

第1師団司令部は明治24年3月に赤坂離宮内より、この青山南町1丁目に移転してくる。明治35年1月には同構内に歩兵第2旅団司令部を新築設置。その後、第1旅団司令部、陸軍高等軍法会議、師団軍法会議、近衛師団軍法会議が設置される。構内の陸軍射的場付近は青山邸の庭園にあたり以前は蛇ヶ池と呼ぶ池があった。(赤坂区史)
この第1師団司令部内に置かれた師団軍法会議で2・26事件に多大な影響を及ぼした皇道派の相沢三郎中佐の公判が執り行われました。第1師団司令部跡には、現在その痕跡を留めるものは標柱1本も残していない。
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第1師団司令部・師団軍法会議跡 南西側の青山公園・青葉公園
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跡地北側にあった都営住宅が建て直され高層ビルに変り区立赤坂図書館も移転入居(図書館跡は赤坂警察署の臨時庁舎に)

昭和10年 
4月13日 歩41聯隊(福山)の相沢三郎中佐、借財整理の為、不動産(1万3千4百円)を手放す。
7月15日 三長官会議により真崎教育総監罷免。
7月17日 相沢三郎中佐、3日間の休暇で正午過ぎに福山を出発し上京。
7月20日 相沢三郎中佐、軍務局長を訪問。真崎大将の罷免問題を糾弾し、辞職勧告。「私と共に死して貰えぬか」と迫る。(永田軍務局長との第1回目面会)   
7月21日 相沢三郎中佐、午後6時に帰隊。 
8月1日 相沢三郎中佐、台湾赴任を知る。
8月9日 相沢三郎中佐、福山の連隊を出発。大阪で下車し東久邇師団長訪問。伊勢神宮も参拝。
8月11日 相沢三郎中佐、晩より渋谷区千駄ヶ谷の西田税宅に泊す。
8月12日 午前9時30分に陸軍省整備局長室で山岡中将に面会。午前9時45分頃 相沢三郎中佐は軍務局長室で東京憲兵隊長と会談中の永田鉄山少将を軍刀で斬殺。午前11時30分死亡(死亡診断書)。後の相沢裁判で死亡時刻が問題に。死亡後の午後になってからの中将への進級上奏疑惑。
夕方 磯部が西田宅を出て新宿に帰る。林銑十郎陸相辞任し川島義之が後任に。翌日の新聞各紙には陸軍省の規制で相沢三郎中佐の名は公表されず「某隊付某中佐」と発表。また「危篤」の文字が午後の段階まで使用され続けている。
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12月 歩1聯隊附の香田大尉が第1旅団旅団長附副官に転じる。旅団長は佐藤正三郎少将(翌年1月開始の相沢裁判判士長)。香田大尉は判士側の動静を察知に連絡することになる。
 
昭和11年 
1月28日 午前10時 第1師団司令部内法廷で第1回公判(判士長は佐藤正三郎少将=皇道派寄り)。
早朝より近くの赤坂憲兵分隊から憲兵30名以上が師団の内外を警備。傍聴希望者は午前9時の締め切りまでに2百数十名が集まり抽選に(一般25名)。被告相沢中佐は渋谷の東京衛戍刑務所から午前9時半に司令部裏門に到着。特別傍聴人席には小栗警視総監ら百名。法官席の後ろの椅子席には堀第1師団長、香椎東京警備司令官(2・26事件の戒厳司令官)、山下奉文調査部長、大山法務部長らが列席。公判では相沢中佐の発言が許可され、独演会状態に。
夜、龍土軒で第1回目の会合(当主2代目・文人の出入りは初代の頃)。公判を傍聴した渋川善助より歩1・歩3の中・少尉12〜3名がその報告を聞く。
この龍土軒で皇道派青年将校は度重ねて会合を持ち、対策などを協議している。2階の20畳ほどの洋間と6畳の部屋を独占して会合に使用していた。
第2回公判
相沢中佐は時局を演説後に軍務局長の斬殺場面を詳細に話し始めている。「中央廊下を通り迷わず軍務局長室の前に来ました。二人の軍人が軍務局長と会話しているのが衝立を透かして見えました。自分は抜刀して永田閣下の右から襲った・・・」。相沢中佐は指を負傷したため医事課の部屋に入ろうとした時に担架で運ばれてゆく人を見て述懐する。「自分は永田閣下を殺しそこねたと感じ、かって戸山学校で剣術を担任していた自分が一刀両断に出来なかったのを恥ずかしいと感じました」。
2月1日 第3回公判
午前10時25分開廷 相沢中佐は斬殺の意図を聞かれ新聞の大見出しとなった言葉を述べている。「永田鉄山中将は悪魔の総司令部」
2月4日 第4回公判
午前10時04分開廷 真崎教育総監更迭の事情について問われると、相沢中佐は「南、林閣下が元老、重臣、官僚、財閥等と共に背景となり、永田閣下にやらせたと聞いていました。」
夜、龍土軒で第2回目の会合。2・26事件の中心メンバーが参加してくる。
2月6日 第5回公判
午前10時05分開廷 島田検察官による訊問。北一輝著「日本改造法案」を何故4冊も持っているのか、他人にやるつもりだったのかの問いに相沢中佐は「貰ったから持っていたのです。」 ここで鵜沢総明弁護人(貴族院議員・政友会顧問)から「相沢は村中が書いた総監更迭事情を深く信じ、その信じた点をさらに述べるつもりだが公開の席では述べられぬと思う。」と非公開なら述べると示唆。
2月8日 夜、龍土軒で第3回目の会合。参加少なく5名。香田大尉の他は村中ら民間メンバーのみ。
2月12日 第6回公判
午前10時08分開廷 開廷直後から非公開公判に。 傍聴人125名を退廷させて午前10時30分に再開。内容伝わらず。証人出廷が伝えられるのは橋本虎之助近衛師団長(相沢事件当時の陸軍次官)。橋本は永田軍務局長の元老・重臣らとの関係(結託)を否定している。また10月事件の処理での永田中将の裏工作も認知してないと否定。教育総監罷免を決定した三長官会議において真崎大将本人が最後まで同意しなかったことも証言(橋本の残した覚書)。この三長官会議で林陸相は真崎免職に強硬であり、その陸相の後押しをしたのが渡辺錠太郎参議官。真崎罷免後に皇道派の怪文書に渡辺錠太郎参議官攻撃が増加し襲撃目標になってゆく。
*真崎免職当時の陸軍三長官会議=陸軍大臣(林)・参謀総長(閑院宮載仁)・教育総監(真崎)・・罷免の多数決2対1で可決。閑院宮が真崎罷免の主唱者であり、その身代わりとなり襲撃を受けたのが渡辺錠太郎教育総監といわれる。
夜、龍土軒で歩3の安藤輝三大尉の申し込みで第4回目の会合。歩1・歩3から皇道派将校17名参加。憲兵隊報告では「相沢事件は全軍の負うべき責任なるを以ってこの機会を利用し皇軍の絶対的統制を計るの協議の如し」。急進派の栗原が20分で中座したのがこの会合。法廷闘争派は村中・西田・渋川・亀川ら。21時半に散会するが急進派の安藤と磯部、公判闘争派の村中の3名が残り約1時間激論。龍土軒での会合はこの日が最後で以降は部隊内将校室や個人宅などで行われ情報漏えいに敏感になり警戒している。
2月17日 第7回公判
憲兵の非常警戒の中で非公開公判に。林銑十郎元陸相(現軍事参議官)を証人喚問。連続の非公開公判は公判闘争派の西田・村中らに挫折感をもたらし、次回の真崎喚問も非公開が予想され絶望感にも包まれる。憲兵司令部作成報告では「何等かの方法により之を打開せんとする焦燥的気運が醸しだされてきた」。村中が態度を急変させて武力実行派に転じる(2月19日夜の駒場の栗原宅での実行打ち合わせの中枢メンバー会合に参加)。
2月20日 第8回公判 
昨年12月から準備命令のあった第1師団の満州派遣が正式決定(臨参令第48号)。予定時期は5月上旬。結果的に急進派将校ごとそっくり満州に移駐することに。
夜、西田宅で香田・安藤・村中・渋川らが実行協議。 
2月25日 第9回公判 軍事参議官の真崎大将が証人出廷。
2月26日 午前5時 皇道派青年将校指揮の各部隊が目標に突入開始。
 
<2・26事件を受け第1師団軍法会議では一部判士の更迭が行われ、審理を更新し、4月22日より5回の非公開公判を重ねる>

5月7日 第1師団司令部内法廷で相沢三郎被告に死刑判決。
5月8日 相沢中佐が陸軍高等軍法会議に上告。
5月9日 第1師団が満州に移動開始。
6月20日 相沢中佐の上告棄却。
7月3日 早朝 相沢三郎中佐の死刑執行。
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2・26事件リンク
「麻布十番 賢崇寺 二十二士の墓(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/21795261.html
「赤坂 近衛歩兵第3聯隊跡(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/138528702.html
「湯河原 牧野伯爵宿舎(前・内大臣)伊東屋旅館別荘(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331635880.html
「中野 北一輝 検挙現場(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331937769.html
「六本木 聯隊前 龍土軒(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/331977707.html
「赤坂 高橋是清・蔵相私邸(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332103469.html
「内幸町 飛行会館の大アドバルーン(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332155976.html
「荻窪 渡邊教育総監私邸(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/332434854.html
「九段 戒厳司令部(軍人会館)(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/341259410.html
「三番町  鈴木貫太郎侍従長官邸(2・26事件)」 http://zassha.seesaa.net/article/341750813.html
「駒場 歩1栗原中尉私宅と山下奉文少将私宅(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/342058218.html
「四谷 斎藤實内大臣邸(2・26事件)」http://zassha.seesaa.net/article/343167821.html

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2013年01月09日

北青山 特法寺 吉行家の墓地

岡山県御津草生(みつ・くそう)の吉行家の南側にあたる小高い傾斜地の白土塀に囲われた墓域から、東京・北青山の特法寺の墓地に分骨し、2005年(平成17)に新しく建てたもうひとつの吉行家墓地です。
NHK連続テレビ小説「あぐり」のモデル・あぐりさんは夫エイスケ氏の死去後に再婚(辻姓に)したため本家の墓地には迎えられないための処置のようです(*想像です・・遠方という要素も・・現在は再び吉行姓に・・吉行和子さんにお会いできる機会があったら質問してみたいです)。
集英社文庫「あぐり白寿の旅」(2009年刊)のあとがきに長女・和子さん(女優)の記で、次女・理恵さんの最後の模様と母・あぐりさんのその時の様子が描かれています。
兄・妹で芥川賞受賞・・・遠い岡山からあぐりさんの暮らす東京で二人はその名を仲良く並べて・・・もちろんエイスケ氏も・・・特法寺の墓石は南からの日差しを受けて暖かそうです。
あぐりさんは今年の7月には106歳・・・美容室のあった市ヶ谷の地で元気で日々を送っています。
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東京の墓地に関しては詳細を公開することで迷惑をおかけしそうなので・・・エイスケ氏・淳之介氏・理恵氏の命日等で墓参希望の方はお寺さんで聞かれてはと思います。

 市ヶ谷 あぐり美容室(閉店)http://zassha.seesaa.net/article/17595273.html

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2012年09月07日

神宮前 ラフォーレミュージアム(ラフォーレ原宿) 尾崎豊特別展

ラフォーレ原宿6階のラフォーレミュージアムで、本日11時から尾崎豊特別展が開催されます。
没後20年を過ぎた(1992年4月25日満26歳で没)今年、ファンには注目すべきイベントとなるはずです。昨日11時から関係者(報道・招待客ら)限定でプレオープン。机・ラジカセ・直筆創作ノート・筆記具をいれたカップ・未公開写真などが展示されます。
会場(6階)へのエレベーターは5階止まりなのでドアが開いたら左奥の階段へ。幅広い6階へのステップに案内が出てます。
 11時〜20時、一般1500円、9月19日まで。
 尾崎豊特別展公式HP http://www.ozaki.org/
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クリスマスイルミなどに使われる樹の左が入口 左奥にエレベーター(5階まで)
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尾崎のファンでないと1500円出してまで入るのは躊躇するのでは・・・800円くらいの低設定ならばと思うのだが・・・グッズの(A)「17歳の地図」のTシャツ(3500円)にはちょっと魅かれているところです。(B)「卒業」とどっちにするか悩むところ。
名古屋の松坂屋でも10月に開催予定のようです。お気に入りの「あつた蓬莱軒」(名物ひつまぶしの老舗)の入る南館のホールのようだ・・・Tシャツ買うかどうか10月まで先延ばしだな。
posted by y.s at 10:21| Comment(0) | 神宮前・青山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月28日

表参道 カフェ モントーク

表参道シャンゼリゼ通りのキディランド(KIDDYLAND)の隣りに建つJUNグループのラウンジレストラン、モントーク(montoak)の建物内部(内装)を主にした紹介です。
設計 形見一郎(カタco)+橋本健(環境計画スタジオ一級建築士事務所)
所在地 東京都渋谷区神宮前6-1-9
竣工・オープン 2002年12月

形見一郎 http://www.kata2001.com/

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   出入り口は路地をはいった側にある カップルの女性の向こう辺り
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営業時間 11:00〜27:00
無休
80席 2階通り側にテラス席
TEL 03-5468-5928
montook  http://www.montoak.com/
続きの写真を全て見る
posted by y.s at 22:13| Comment(2) | 神宮前・青山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

南青山 カフェ ドラゴンフライカフェ(店名変更でカフェZ.に 2013年閉店)

2013年9月末日の営業をもって閉店。
閉店のコメントhttp://www.zucca.cc/index.html#/cafeを参照。

店名を「カフェZ.」に変更。ZUCCAの頭文字「Z」。
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右写真は閉店後の2014年夏、階段には若干ゴミがたまっていた。

(株)エイ・ネットによる衣服ブランドZUCCA(ズッカ)のプロデュースにより2001年5月にオープンしたカフェ。南青山店と丸の内店の2店舗を展開しているが、両店ともZUCCAの店舗と隣接している。
スペースは南青山店がより広いため、ゆとりある空間の演出が可能となっている。昼間(春・秋)に訪れるなら南側の樹木に覆われたテラス席(ウッドデッキ 5卓)がよい。自然の風と木漏れ日のなかでランチを楽しめる。また、店内レジ横のスペースには、牛のマークの「カウブックス南青山」を併設している。営業時間12:30〜21:00。平日の昼12時を回ったあたりからランチ客で混雑状態になる。
港区南青山3-13-14 2F
定休日 日曜
営業時間 平日11:30 - 21:00
     金・土・ 祝前日11:30 - 22:00
エイ・ネット http://www.a-net.com/top/    
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表参道交差点から青山通りを赤坂方向に進み、ラ・プラースの手前の細い路地を右に50mほど入ると左側に案内がある。右には洋菓子キルフェボン青山店。ZUCCAのエントランス左側の階段を上るとドラゴンフライカフェ。
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2Fに階段を上るとカウブックス南青山の子牛が出迎え(昼過ぎから置かれる)。
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2F踊り場からラ・プラースの広場が望める。
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カフェのエントランスは大きなガラス板、自動で開くのだが最初は一瞬動揺する。
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大きなガラステーブルの置かれたフロア。キャビネットなどが配されてリビング風に演出。
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日替わりランチセットはデザート・コーヒーが付いて1050円の設定。
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南側ガラス窓の外がテラス席。 
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  ランチメニューのミートローフ
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posted by y.s at 00:15| Comment(0) | 神宮前・青山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする