2018年01月15日

奈良水門町 写真家・入江泰吉旧居

奈良大和路の風景・仏像などの撮影に打ち込んだ写真家・入江泰吉(たいきち)が他界(1992年1月16日享年86)した後、主人のいなくなった奈良市水門町の古い家屋(大正8年移築と伝わる)には妻ミツヱさん(故人)が暮らしていたが、1999年になって奈良市に一括寄贈した。奈良市は入江泰吉の旧居を記念館として一般公開するため、耐震補強工事と大幅な改修工事を実施(屋根吹替え・別棟の暗室建替え等)。2014年初夏に東大寺戒壇院を訪れた際に旧居に立ち寄ってみたが、ちょうど改修工事の真最中で、木造一部2階建ての老朽化した母屋の屋根はブルーシートで覆われ、真新しい建材が庭に積まれていた。
この入江家を訪れている諸氏の中に、あの写真家アラーキー氏が含まれていることに驚き、白洲正子の印象記(随筆)から、若き日のアラーキー氏の訪問記に差し替えることにした。
nara-irie03_Fotor.jpg
水門町の閑静でしっとりとした町並み。突き当りが東大寺戒壇院。
nara-irie02_Fotor.jpg
改修工事中の入江泰吉旧居。

「<さっちん>はセルフタイマー・フォトです」から抜粋(研光社「フォト・アート」1969年10号初出)
<<(*1969年)五月、奈良の入江泰吉さんをたずねて、「あなたたにとって奈良とはなんなのですか」と聞いてみた。古都への郷愁″だと答えられた。
陶芸家のような手で膝のうえの白い毛むくじゃらの犬のようなもの(これがチンというやつかな)を愛撫しながら話す写真家入江泰吉を見て、月光菩薩に資生堂の口紅をぬって撮ってみたらなどというアドリブはひっこめざるをえなかった。老人(キャリア)を感じたのかもしれない。いや、それより若さという軽薄さがたじたじになったのだろう。老人にはどうもコンプレックスがあっていけない。いや、それでいいんだろう。人間はセンチメンタルでいいんだ。
また、完成された美術品を写すことに、ちょっとわりきれない気持があるということをもらしていたが、そのことについては自信をもっていいのではないだろうか。彼はその時代にできたそのものを撮っているのではなく、その時生まれた仏像たちが長い年月に犯されつづけ、この現代に生きつづけている姿を記録しているのだ。自信をもっていいのではないだろうか。
 私は、まだ悩んでいる入江泰吉が好きである。部屋にとおされた時、なにげなく窓をあけて緑の色彩と香りをふくんだ初夏の木々のさわやかな音をいれてくれた。そんな仕草がいっそう好きにさせたのかもしれない。(略)>>
nara-irie01_Fotor.jpg
手前が水門橋の橋桁。奥が工事中の入江邸。
nara-irie04_Fotor.jpg
1992年4月に開館した入江泰吉記念奈良市写真美術館。女優若尾文子の旦那だった黒川紀章の設計。
午後から入館すると半額(通常大人500円)になる(2014年現在)。旧邸からはかなり距離がある。
新薬師寺のすぐ近く。

参考:「写真指想 荒木経惟文学全集5」全8巻1998年平凡社
   入江泰吉記念奈良市写真美術館HP http://irietaikichi.jp/gallery/
     (上記写真美術館のHPには入江泰吉作品が複数枚アップされている) 
posted by t.z at 22:18| Comment(0) | 奈良nara | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする