2017年08月17日

8月17日 原宿竹下通りでリハビリ・ノスタルジックウォーキング

早朝に雨があがったので、予定通り原宿竹下通りでリハビリウォーキング(6回目ぐらい)。
中高校生の夏休み真っ盛りであることを到着してから気が付いた。雨天が続いていたせいもあるのか前回にまして混んでいる。で、早々に中止。渋滞するほど混雑しており、まともに歩けない。
途中から裏路地に曲がり、表参道に抜ける。
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正午すぎからこの状態が続いている。

表参道を神宮前6丁目側に渡り、アラーキー氏の写真展が始まっているアートギャラリーAMに向う。
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窓を暗幕で覆っており、かなり薄暗い(ビル外壁改修工事の為に窓を遮蔽している)。
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荒木経惟写真展「写真夏の昼の夢精」(いつも通り入場は無料)は10月15日まで開催されている。
場所がわかりにくい為か(外に一切案内がない)、今回も客がいない。

アートギャラリーAMを出て、明治通りを渡り、長濱ねるのパネルを店先に出しているショップの前(*何処だよ)を抜け、キャットストリートを渋谷方向に歩く。
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都営宮下町アパート跡地を再開発して、今年4月28日にオープンした「SHIBUYA CAST」。
1階及び公開広場にカフェやレストランを配したありきたりの設計。位置は、キャットストリートが明治通りと合流する地点。ぺんぺん草がはえ、猫が道の真ん中でのんびり昼寝していた都営アパート時代が懐かしい。この場所へは二度と立ち寄ることはないだろう。

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午前中に残っていた水溜りも午後には消え、再び原宿に向けて裏道を歩く。
竹下通りで女子中学生に踏まれた跡が靴に少し残っている。

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学生時代の通学路であった竹下通りを歩く度に隔世の感を禁じ得ない。
親の反対にあうなか、バイトして家賃は自分で払うからと初めての一人暮らしを強行したのは19歳の頃であった。水道トイレ共同のボロ木造アパート(門倉アパート、家賃月8千円ほどであった)は、神宮前郵便局(神宮前2丁目)の向い側の路地を入った所にあった。原宿駅への最短コースは、社事大(社会事業大学の跡地に原宿警察署等が立ち並んでいる)の前にでて、東郷神社の境内を通り抜けて、竹下通りに出るというものであった。竹下通りに出た付近にトンカツ屋があり、商店らしきものは数軒(マロン洋菓子店と本屋ぐらい)しか記憶にない。駅に至るまで民家が通りの両側に軒を連ねており、朝夕に通勤通学する人が目立つ程度で、それ以外の時間帯は閑散としていた。このようなもの(上写真、通常のわた飴の4〜5倍の大きさ)を売る店が出現するなど、まったく想像外のことなのだ。この巨大わた菓子は「TOTTI CANDY FACTORY原宿店」(2階)の人気商品。通行の妨げになる行列をなくすために店頭路上でスタッフが整理券を配布している。
そして当時のバイト先も竹下口の山手線沿いにあった。先年取壊された森ビル(サッカーショップKAMOの隣りの雑居ビル)の地下に事務所があったエロ本出版社(ビニ本屋)で、ここで週に数日働いて家賃代にあてていた。仕事内容は、事務所内での雑用と都心のシティホテルでの撮影(外注カメラマン)の手伝い。男女2名で予約したホテルにチェックイン、頃合を見はらかって他のスタッフ2名ほどが闖入し、即撮影開始。私の役目は毎回おなじで、荷物(機材・衣装など)運びとモデルさんの足の裏をつねって苦悶の表情作り。要するに絶頂の時のミケンの皺を作るのだが、その加減が難しかった。19か20歳になった頃で、全裸のモデルさんの足の裏を触っているだけで興奮し、「あら、かわいそう」と股間をさすられた快感が今でも甦ってくる。
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解体寸前の森ビル、このビルの奥の横断歩道左手が原宿駅竹下口改札。2010年撮影。
posted by y.s at 23:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする