2017年11月27日

ミニギャラリー 奈良・西大寺

奈良・西大寺(さいだいじ)は、南都七大寺及び醍醐天皇による「延喜式」(延長5年=927年に完成)にみえる十五大寺のひとつ(卷第廿一の治部省玄蕃寮)。平城宮の東に東大寺、西に西大寺が配置されていた。称徳(孝謙上皇の重祚)天皇の発願により、天平神護元年(765年)、四天王像が完成し、伽藍が開かれている。奈良時代には壮大な伽藍(東西に五重塔を配置)を誇る大寺院であったが、平安時代に天災等により次々と被災、鎌倉時代に入って復興の機運が生まれたが、文亀2年(1502年)の兵火で伽藍の多くが焼亡、四天堂・東大門などがわずかに焼け残っただけであった。現在の伽藍は江戸時代以降に再建されたものである。本尊は釈迦如来(重文)、境内は国の史跡に指定されている。

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西大寺東門。この門をくぐり、境内を散策する。東大寺の喧騒と比して、驚くほど静寂で鳥の鳴き声の遠く近くを判別できる。観光客はほとんどおらず、近所の方々が境内をショートカットして急ぎ足で通り過ぎてゆく。

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西大寺境内伽藍図。

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四天金堂。十一面観音立像(重文)、四天王立像(重文)を安置。

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四天金堂。

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東塔基壇。室町期に焼失した東塔台座跡(当初、東西に八角七重の大塔建立が企てられるが、変更で四角に。高さ約46mの大塔で、四角の基壇跡が残る)。奥に鐘楼堂、右奥に愛染明王堂が見える。

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東塔基壇。

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愛染明王堂。宝暦12年に京都御所の近衛家政所御殿を移築。明和4年説あり。愛染明王坐像(重文)と 西大寺中興の祖・叡尊坐像(国宝)を安置。

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愛染明王堂。

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南門近くの鐘楼堂(入母屋造・本瓦葺)。建立年は不明。幕末〜明治初頭に摂津・多田院より移築。

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東塔基壇と本堂。本堂は文化5年(1808年)頃の完成と推定。

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この池畔に観世流謡曲の「百萬」の謡蹟がある。遠く京都清凉寺と母子の絆で繋がる(この分野は苦手)。

参考:「寺院神社大事典 大和・紀伊」1997年平凡社刊
   西大寺HP http://saidaiji.or.jp/ 歴史・境内図などが紹介されている。
posted by t.z at 23:19| Comment(0) | 写真mini-photogallery | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする